英総選挙 勝ち切れなかった労働党と二大政党制の空洞化
英国総選挙(下院、定数650)は、選挙前の予想を覆して、与党の保守党が過半数の331議席を獲得し、単独政権を樹立しました。労働党は232議席と議席を減らした一方、スコットランド国民党(SNP)はそれまでの6議席から56議席へと大躍進を遂げました。「ハングパーラメント(宙づり議会)」化するとの予想が大勢だった中で、なぜこのような選挙結果になったのか、二大政党制は安泰といえるのかについて、成蹊大学法学部の高安健将教授に寄稿してもらいました。 ※ ※
功罪あったキャメロン連立政権
2010年に成立したキャメロン連立政権は、きわめて激しい歳出削減策を打ち出すことで、リーマン・ショック前後に積み上がった財政赤字の削減と民間主導の経済活性化を目指した。最近になって経済の成長やインフレの安定化、雇用者数の増大など、マクロでは英国の経済パフォーマンスも改善の兆しを見せている。しかし、キャメロン政権は医療などの公共サービスあるいは人びとの雇用の質を劣化させるなど、必ずしも歓迎される政策を展開したわけではなかった。 にも関わらず、労働党は「もうひとつの道」を説得力をもって有権者に提示することができなかった。富裕層への課税強化、銀行規制の強化、労働規制の強化、ガスと電気料金の凍結、最低賃金の引き上げなどスタンスをはっきりさせて政策を提示はしたが、有権者に十分に信頼されることはなかった。
2つのネガティブ・キャンペーン
選挙戦の中心はむしろネガティブ・キャンペーンであった。キャメロン党首率いる保守党が最初に狙い打ちしたのが労働党党首のエド・ミリバンドであった。今となってはどの程度信頼できるのか定かでない世論調査ではあるが、保守党と労働党は選挙戦の間、支持率で一進一退の争いを続けていた。これに対し「首相にふさわしい指導者は?」との問いかけに、世論はミリバンド党首に対しキャメロン首相に一貫して軍配を上げていた。保守党はここを狙い撃ちした。ミリバンド党首は2010年の労働党党首選で大方の予想を裏切り、外務大臣経験者で兄のデイヴィッドを打ち破ってその座に就いた。エドはこのことを最後まで問われ続けた。労働党に投票することはエド・ミリバンド首相を誕生させることである、兄の背中を刺す男は国の背中をも刺しかねない。保守党の攻撃はまさに個人攻撃であった。 保守党はまた労働党が少数政権となった場合についても、有権者の不安をかき立てた。当初の予想では、保守党も労働党も過半数を確保できず、スコットランド国民党(SNP)の躍進が予想されていた。SNPは保守党政権に協力することを拒否する一方、労働党政権には協力することを明言していた。しかし、SNPは英国からの独立を党是とする政党である。独立問題は昨年のレファレンダムで当面の決着はついたとSNPも明言してはいたが、この問題の再燃は懸念されるところであった。さらにSNPは英国唯一の核戦力である原子力潜水艦の更新にも反対していた。政権を担当しようとすれば、労働党はSNPに妥協を余儀なくされるのではないか。保守党は不安を煽り、労働党は有権者の懸念を払拭できなかった。 今回の総選挙では第三党の自民党が大幅に支持を減らすことが予想され、労働党はこの票を獲得できると期待していた。だが、この票はむしろ英国独立党(Ukip)に流れてしまった。自民党にかつて向かった反既成政党票はUkipという新しい反既成政党に流れた。労働党は自民党から議席を奪うことはできたが、保守党から議席を奪うことはほとんどできなかった。