『Timer 世界の秘密と光の見つけ方』刊行記念 作家・白石一文インタビュー
―確かに、映像は見ても原作は読んでいない人が多い気がします。 白石 そういう戦い方だと、小説に勝ち目はないでしょう。活字を読むこと自体、面倒な作業ですから。だからこそ、ただ楽しいだけじゃない本の意義を追求したいんです。謎が解けてスッキリするとか、「わかるわかる」と共感するとか、この年になるとそういうのはもういいよねっていう気持ちもあって。だって、60歳も過ぎて、結婚にも失敗してですよ、子どもとも生き別れて、恥をさらして生きている人間なんだから(笑)。共感って今の自分を肯定したいということだから、その場に立ち止まっているわけですよ。でも読書の良さは、共感できないものを読むことだと思うんです。どうしてこの人こんなこと考えているんだろうとか、こんなこと考えもしなかったとか。人の思考を超えるものが書かれているのが小説だとすると、共感を超えていかないとこれからの小説は厳しいと思う。 ◇読書は今見ている景色を変える ―白石さんはXで、一人一人の人生の戦いに「確かな得物を与えられる小説」というのがあるんだ、と書かれていました。小説は、逃れがたい孤独の中で共感を味方につけられない人たちの得物(=武器)になりうるということでしょうか? 白石 小説もそうですが、本を読んで思考するってすごい武器なんですよ。当たり前だと思っていたことがそうじゃないとわかる、その「わかる」ということが生きる支えになることがある。ものを考えていると、自分の周りの景色を変えられるんです。僕なんか長年ものを考えることだけをやってきたようなところがあって、たとえばニュートン力学では光は光速でまっすぐに進んでいくと言っていて、そういうもんだと思っていたけれど、量子力学の本を読んだら、光は重力によって偏光するという。そうか、と。そう考えると、それまで自分が見ていた世界がまったく違って見えてくる。量子力学という得物を手にしたことでいろんな発見が得られるようになるんです。