『Timer 世界の秘密と光の見つけ方』刊行記念 作家・白石一文インタビュー
◇自分のことだけ考えていていい ―カヤコが、今は、亡くなった息子のヒビキや前夫のフクミツさんがどうなったのかだけが知りたいと言う。長年生きてきた中で、いろんなものをそぎ落としてそぎ落としていった結果、自分に残ったものはそのことだけだったと言います。 白石 自分のこと、自分がこの先どうなるか、死んだらどうなるか。失った大切な人がどこへ行ったのか。それだけ考えていてもいいんです。徹底して自分というものを見極めていけば、自分にとって本当に大切なことは何か、大切な人は誰か、そういうことがわかってくるんですから。 ―いくつになっても好奇心を持つことが大事とか、人への気遣いを忘れてはいけないとか言われるけれど、そうじゃなくたっていいんだ、と。 白石 僕はまだ生きていたいと思っているけれど、10年後にどこそこに高層ビルが建つと言われても興味が持てない。じゃあなぜ生きていたいのかと考えたんだけど、そんなに大きな理由があるわけじゃない。ただひとつ、相撲を見るのが好きなんだよね。僕も妻も。昼の3時くらいからBSで十両の取組が始まるわけ。ずっとこうして二人で相撲を見ていたいとは思う。あとは、一緒においしいものを食べるくらい。ぜいたくをしようにも、ぜいたくの仕方がわからないんだから。若い時とはまったく違います。今は、人生の欲望ってそれで十分なんだよね。 ―ある小説の解説で白石さんは、「実用に耐え得る」小説と「娯楽」小説との対比に言及されていました。 白石 小説が廃れていると言われる中で、エンタメ小説で稼がなきゃというのはあるでしょうけれど、犯人捜しや謎解きのミステリー、あるいはパッと読んで面白いとか爽快感を得る娯楽ばかりで、それ以外の〝読み味〟というのが求められていないし、なかなか生み出されない。小説は一冊2000円近くするのに対して、ネットフリックスなんて1カ月千円前後で際限なく見られるでしょう。話題になったミステリー小説も片っ端から映像化されるから、原作があることすら今の人たちは知らない。