ホテルで「怖い部屋」に割り当てられた新人CA。戦々恐々と過ごす夜、誰かがドアを…目にした衝撃の場面とは?
平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。 そっと耳を傾けてみましょう……。
第62話 ホテルの夜の怖いはなし
「うわー、森ちゃん可哀想……『あの部屋』か。まあ今日のクルーの中では一番若いし仕方ないよね。頑張って!!」 国内線5本のハードなフライトを終え、空港近くのステイホテルに到着。一人ずつカードキーをチーフパーサーから渡されたとき、先輩CAたちが私の部屋番号をのぞき込むと憐れむような視線をよこした。 「え、この部屋、何かまずいんですか!? 私、この空港で初めてのステイなんです」 「そっかそっか、まあ、森ちゃんて『視える人』じゃないよね? とにかくさっさと寝るに限るよ、お清めの塩持ってる? え? ないの? だめねえ、CA2年目でしょ? ステイ先には持っていかないと。はい、コレあげるから、部屋に入ったらすぐ柏手打って、盛り塩してね」 先輩が慣れた様子で、キャリーのポケットからジプロックに入った塩を渡してくれる。怖い、怖い。こんなに先輩が優しいのは初めてかもしれない。 「あの、この部屋、怖い部屋なんですか!? お願いして変更してもらえないかな……」 私はすでにエレベーターホールにすたすたと歩いて行ってしまった山崎チーフの背中を見る。しかし、大ベテラン、綺麗だけどキツイ性格で有名な彼女に部屋を変えたいと言い出す勇気はなかった。航空会社がCAたちの宿泊用に長期で借り上げている部屋は決まっている。大幅割引をされている代わりに、日当たりなど少々難ありなのはいつものことだけど……。 「森ちゃん、諦めな。あの部屋はね、その日一番若いクルーがアサインされるって決まってるのよ。いい? 夜中、なにか物音がしたり、なにかがいる気配がしたりしても、絶対に反応しないで、アイマスクに耳栓して、目をつぶり続けるのよ」
入った瞬間、ひんやりと……
これまで、幽霊を見た経験なんてないし、信じてもいないけれど、その部屋は確かに一歩入った瞬間、湿ってどんよりとした空気を感じた。 冷たい白い壁に、奇妙な抽象画がかけてあるツインルーム。突きあたりの窓のカーテンを開けると、目の前は古いビルの裏手で、眺望はのぞめない。 ――うわ、なんか暗い部屋。嫌だなあ……お、お塩まこう! 柏手って何回打てばいいのかな? スマホで検索して、見よう見まねで盛り塩を作り、柏手を打つ。気分が少し、落ち着いた。暖房を入れてみると、埃臭いにおいが充満する。ため息をついて、窓を少し開けた。 「明日の朝の集合は7時半だし、もう今夜は寝るだけ。あと10時間……死ぬ気で寝るしかないよね」 今朝は5時に起きて羽田から地方を2往復半飛んだ体が、急速に重く感じた。スマホをチェックするけれど、期待した彼、彰人からのメッセージはない。……確かに「今日の仕事」がハードだったことを、私はよく知っている。無理もないか。 できるだけ素早くユニットバスでシャワーを浴びると、いそいで明日のフライトの準備をしてからベッドにもぐりこんだ。ふたつあるベッドの、奥のほうを選んだ、なんとなく。 「今日は真っ暗にしなくていいよね……」 テレビをつけて、音をちいさくしておく。入口ドア付近の灯りも消さずにおいた。普段は真っ暗にしないと眠れないけれど、今夜は無理、無理。 本当はビールでも飲んで寝たいけれど、フライト前夜はアルコール厳禁だ。仕方ない。私は無理やり目を閉じた。 時計は23時を指していた。