『52ヘルツのクジラたち』成島出監督 映画は寄り添い共有することが出来る【Director’s Interview Vol.390】
すぐ隣にいる人たち
Q:杉咲花さんは脚本段階から参加されたそうですが、具体的にはどのような話をして、それがどう脚本に反映されていったのでしょうか。 成島:僕はいつも俳優に意見を聞くようにしています。特に今回は題材が多いので、その辺をどう感じたかも含め、杉咲花さんとはたくさん話をしました。当事者の方から聞いた話も伝えましたし、そういう会話全てが脚本の打合せでした。それをクランクイン直前のリハーサルまでずっとやっていました。今回は皆で力を合わせないと作れない映画だったので、俳優たちがやらされている感じになってしまったら、絶対にうまくいかない。ちゃんと自分自身で納得してもらい心から役に向かえるよう、この映画を信じてもらえるように対話を重ねました。 また、彼女や志尊さんが気にしていたのは、扱っている題材が非常にデリケートなので、当事者の人たちを傷つけるような映画にはなって欲しくないということ。この映画が同じ地平で少しでもエールを送ることが出来ればと。お互いにそう考えていました。 Q:虐待の経験者、ヤングケアラ―、トランスジェンダーの人たちへの綿密な取材を行われたそうですが、実際に話を伺ってみていかがでしたか。 成島:過去には、殺人を犯した人や刑務所に入った人に話を聞いて脚本を作ったこともあります。殺人者だからといって何か見え方が違うわけではありません。虐待の経験者、ヤングケアラ―、トランスジェンダーも同じで、すぐ隣にいる人たちなんです。それをすごく感じました。
寄り添い共有することは出来る
Q:映画は大きな影響力を持つメディアでもあります。映画の持つ力をどのように考えていますか。 成島:例えば、映画で「いじめはいけません」と言っても、いじめは無くならない。でも、映画で痛みを共有することは出来る。それが映画の一番の力だと思います。いじめがあなたの問題だったかもしれないし、一歩間違えればあなたがいじめをしていたかもしれない。スクリーンを観ながら、貴瑚や安吾、少年と一緒に悩み、怯えたり、悲しんだりすることは出来る。でも我々が出来ることはそこまでです。 以前、移民を扱った映画を作りましたが、「移民を阻害してはいけません」ではなく、「移民に寄り添って一緒に考えてみようよ。君の横にいるかもしれないよ」と、そういう思いで撮りました。何かを社会に掲示したり、声高に反対することはない。痛みや悲しみ、喜びを共有することで、一緒に生きていける可能性はある。それが映画の仕事だと思っています。少なくとも僕自身はそうして映画に救われてここまで生きてこられました。その恩返しの意味もありますね。 そのためには自分一人の力ではなく、色んな意見を聞きながらチームでやっていく必要がある。そこは一人で書く小説や絵画等とは違うところでしょうね。オーケストラに近いのかもしれません。みんなで美しいハーモニーを目指し、不協和音を出している人とは話し合いながら作っていく。映画でも脚本という楽譜に忠実にやってもらいたいし、もし楽譜を変えたいのであれば、リハーサルで話し合い調整していく。映画作りはオーケストラに似ているのかもしれませんね。 監督:成島出 1961年生まれ、山梨県出身。助監督、脚本家として活躍したのち、初監督作『油断大敵』(04)で藤本賞新人賞、ヨコハマ映画祭新人監督賞を受賞。『八日目の蟬』(11)は日本アカデミー小最優秀作品賞、最優秀監督賞を含む10部門及び芸術選奨文部科学大臣賞を受賞する。その他、『孤高のメス』(10)、『聯合艦隊司令長官 山本五十六』(11)、『ふしぎな岬の物語』(14)ではモントリオール世界映画祭審査員特別賞グランプリ、『ソロモンの偽証 前篇・事件/後編・裁判』(15)、『ちょっと今から仕事やめてくる』(17)、『グッドバイ ~嘘からはじまる人生喜劇~』(20)、『いのちの停車場』(21)、『銀河鉄道の父』(23)など多岐にわたるジャンルで、常に高く評価される作品を送り出している。 取材・文:香田史生 CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。 撮影:青木一成 『52ヘルツのクジラたち』 大ヒット公開中 配給:ギャガ ©2024「52ヘルツのクジラたち」製作委員会
香田史生
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