政府の子育て支援法に専門家は 働き方改革で男性の家事・育児増やし、女性のワンオペ脱却を
「2025年までが少子化対策のタイムリミット」と提言してきた京都大学大学院の柴田悠教授は、今国会で審議中のこども・子育て支援法の改正案について「結婚や出産をしやすくするには、男性の働き方改革が必要」と強調します。4月9日の衆議院特別委員会の柴田教授の参考人意見陳述をもとにまとめました。 ■男性の働き方改革が必要 今回の法案で一番欠けているのは、男性の働き方改革です。子どもがいる男性だけでなく、未婚男性や上司にあたる年代を含め、男性全体の働き方改革が必要です。 今回の法案に盛り込まれた児童手当の拡充(1.2兆円)、大学などの学費軽減策(0.26兆円)などの効果を、海外の研究や独自の分析をもとに試算したところ、出生率の上昇は0.1程度と見込まれます。 つまり、出生率上昇の効果はあっても小さいと思います。今回の法案には、男性育休をとりやすくする対策が含まれ、未婚男性も対象になる「賃上げ」という文言はありますが、具体策はあまり打ち出されていません。 先進諸国の過去のデータをもとに試算すると、賃上げや働き方改革といった抜本的対策によって、所得水準を維持したまま、労働時間を減らすことができれば、出生率上昇が見込まれます。 賃上げを実現し、男性の労働時間を減らし、自由な時間をより長く取れるようにしていくことが大事です。夫の労働・通勤時間が減ると、夫の家事・育児時間が増え、妻の出産確率や出産意欲が上がる傾向を実証した研究が日本でもたくさんあります。 ■日本ならではの要因も 出生率低下、少子化は海外でも進み、主な要因は社会が近代化し、価値観が自由になり、育児の心理的、経済的なコストが上がっていくということです。ただ日本ではこれらに加えて3つの更なる要因があります。 「男性が一家の稼ぎ主という発想に基づく長時間労働」「所得低迷」「育児の負担を主に家族が担う」の3つです。つまり男性に長時間労働や転勤をさせ、時間も場所も問わず無制限に働いてもらうことで、何とか社会が回っているわけです。 長時間労働を放置しているので、時間当たりの生産性が上がらず、その結果、所得が上がらない。所得が低迷すれば、生活が苦しく、結婚が増えない。その上で保育や学費などの育児の身体的・経済的負担は主に家族が背負うもの(公的な支援が少ない)とされている。この3つの要因で少子化が更に悪化していると考えられます。 ■両立は難しいので、結婚あきらめる女性たち 18歳から34歳の未婚女性の価値観は、この10年間で急激に変わり、キャリア志向が主流になりました。いまや未婚女性の最大多数は、理想としては仕事と結婚・育児を両立したいと望んでいます。【国立社会保障・人口問題研究所 「第16回出生動向基本調査」(2021年)】 しかし「実際にはどうなると思いますか」という現実の予想を尋ねると、両立は難しいだろうと答える。夫や結婚する前の彼氏が長時間労働をしていて「もし結婚したら、私は家事・育児に縛られるだろうな」ということが目に見ているからです。かつての女性はそれでも結婚し、仕事を辞めていました。 しかし今は逆で、結婚を選ばずに仕事を選ぶのです。これが女性の未婚化の一つの要因で、男性の長時間労働の影響で、女性が結婚に夢を抱けなくなっているということです。 ■日本男性の労働時間は世界一長い 労働基準法改正を 日本の男性の労働時間は1日平均400分(約6.7時間)を超え、おそらく最新のデータでは少し減っているかと思いますが、世界で一番長い傾向にあります。この30年以上、欧州などで男性の労働時間が減る中、日本ではほとんど減っていない。 そのため男性は子育てに参画したくても、いまだにしづらい状況にあります。一方、最近の若い男性の育休取得希望率は8割を超えています。男性の長時間労働を変えるには、労働基準法を先進国並みに改正する必要があるのではないか。フランスは最も進んでいて、法定労働時間が週35時間です。(日本は週40時間) また、勤務間インターバル(終業から次の始業まで一定の時間をあけること)を最低11時間確保することがフランス、ドイツ、イギリスなどの欧州諸国では義務化されています。(日本では努力義務)また、残業した場合の賃金の割り増し率は日本は1.25倍ですが、アメリカやフランス、ドイツ、イギリスなどでは1.5倍です。 日本でいきなり全面的に1.5倍にするのは難しいとすれば、例えば月20時間以上の残業については、1.5倍にする法改正は可能ではないか。すでに平均の残業時間が月20時間以内の企業はたくさんあります。そして、慶応大学の山本勲教授の研究によれば、日本の上場企業で、長時間労働の是正などの健康的な経営を導入すると、その2年後から企業の利益率が上がるという傾向が見られます。 社員が心身ともに健康的になることで、生産性が上がり、会社の利益率が上がるのです。また、法政大学の小黒一正教授による先進諸国データの分析からは、労働時間を年1360時間(週5日なら1日6時間)まで減らすと、1人当たりGDPが上がる可能性が示されています。 ■子どもがいる人の幸福感は休みの取りやすさなどが影響 長時間労働を減らすと同時に、働き方の柔軟化も重要です。出社・退社時間をフレックスにする、有給休暇を取りやすくするなど、働き方を画一的硬直的でなく、柔軟にすると、国民の幸福感が上がるという結果が海外の論文で出ています。 そしてこういう柔軟な働き方を支援している国(北欧諸国やフランスなど)では、子どもがいても幸福感が下がらない傾向が見られます。 一方、働き方を柔軟にする支援が乏しい国(アメリカ、オーストラリアなど)では、子どもがいる人の幸福感は子どもがいない人より低くなっています。いわゆる親ペナルティといわれるものです。 実は日本の女性もそうで、子どもが生まれると幸福感が下がってしまう傾向が複数の研究で示されています。夫の働き方が硬直的で、転勤を強いられる、休みもとりにくい、そんなところでは子どもを産めないということだと思います。 そして日本では、子どもが生まれた場合の幸福感低下(親ペナルティ)が女性だけで見られます。子どもが生まれると、家事・育児の負担が妻ばかりにのしかかり、妻の「夫婦関係満足感」が下がることと「消費生活満足感」(趣味や買い物などに時間やお金を使える満足感)も下がることの2点で説明できる、という研究結果もあります。 やはり男性の長時間労働を減らす、転勤の無理強いを減らすなどし、男性も家事・育児を担える状況にすることが、結婚や出産が増えるためには重要です。このほか、非正規労働者の賃金が低いことも問題で、同一労働同一賃金も重要です。 更に、育児の家族負担の面では、保育の拡充も重要です、2005年以降の保育の定員増によって、日本の出生率は0.1上がったという研究結果も出ています。 ■財源は相続税や固定資産税なども選択肢に 財政学の様々な実証研究によると、経済成長に対して最も悪影響が小さい税は、資産課税(国税なら相続税、地方税なら固定資産税)であることが示されています。 これまであまりこの面が論じられていませんが、今後の財政論では、資産の多寡も考慮に入れて、あるいは相続税や固定資産税も選択肢に含めて、議論を深める必要があると思います。