西武入団も「まず失敗した」 18歳で1軍抜擢も“苦痛”の日々…願い続けた登録抹消
西武で活躍した笘篠誠治氏、高卒1年目の1軍は「いづらかった」
西武で15年間プレーした笘篠誠治氏は大阪・上宮高からドラフト2位で入団後、1年目の1983年の春先に、いきなり1軍に昇格した。高卒新人での憧れの舞台へ大抜擢となったが、当時は「嫌で仕方なかった」と回顧。Full-Countのインタビューで当時の心境を明かした。 【動画】うなり上げる剛速球は163キロ! 17歳高校生の衝撃の投球 「入団して、まず失敗したと思いました。(内定していた)明大にいけばよかったと思いました。もちろん、2軍スタートでしたが(高卒3年目の)秋山幸二さんをはじめ、みんなすごい体格で。1軍には田淵幸一さん、大田卓司さんがいて……とにかく、ついていくのに必死でした」 右も左も分からぬまま過ごすプロ生活。すると前半戦終盤頃に突然、1軍昇格の連絡を受けた。「『は!?』という感じですよ。あとから聞いたのですが、当時はチームが強くて、勝つ時には当たり前のように10点くらい取る。だから広岡達朗監督が1人くらい分からないヤツがいてもいい。笘篠って新人を見てみようとなって呼ばれたそうです」。 スピード、パワー、投手の球、すべてにおいて「見たことない感じ」という異次元の世界。出場5試合はいずれも代走での起用。1度だけ打席に立ったが「左中間にいい当たりだったんですけど、福本豊さんに簡単に取られました。そう簡単にいかないよな、なんて思いました」。 試合前は“苦痛”の時間。守備練習を受けている真後ろで広岡監督からジッと見守られている。「そうじゃない、こうだよ」。現役時代から守備の名手でならした指揮官が手本を示すが「それが流れるような動きで、すごくうまいんです。こっちは『そんなんできねぇよ。だから毎日練習しているんだよ』なんて思っていましたね」。 18歳での1軍抜擢。誰もが目標とする舞台に身を置いていたが「年齢も周りと違うので肩身が狭かった。石毛宏典さん、西岡良洋さんがよく面倒みてくれたんですけど、技術的にも全然劣っているので、本当にいづらかったんです」。