【対談連載】電子学園 情報経営イノベーション専門職大学客員教授/ハンカチ 代表取締役 得上竜一(上)
【東京・墨田区発】高校を卒業後、企業に就職すると同時に大学へ進学、在学中から次々とITビジネスを立ち上げてきた得上氏。起業家の育成に力を入れる情報経営イノベーション専門職大学(iU)で客員教授として受け持つ授業は同大学の目玉にもなっている。「連続起業家」を地で行く得上氏の起業に対する考え方は目から鱗が落ちるものだった。データサイエンティストとしても広く活躍している得上氏。そんな氏に、経験に基づく持論をうかがった。 (本紙主幹・奥田芳恵) ●最初の仕事は学費だけのため 就職先は「自分でつくっちゃえ!」 芳恵 今はどのようなお仕事をされているのでしょうか。 得上 会社としてはAIを導入する企業に対するコンサルティングとITトレーニングですね。資格取得の後押しやベンダートレーニングといったことをやっています。大学のほうでは1年生と4年生を対象に、イノベーションプロジェクトという、起業家を育てる授業をやっているんですけれど、実際に事業やビジネスプランを考えて発表してもらう、という内容です。この大学の目玉授業にもなっています。 芳恵 ビジネスについて考えるとなると、いろいろなアイデアが出そうです。 得上 そうですね。それに対して壁打ちしたり、どうやって実践するか、起業というのは0から1になることもそうなんですけれど、それだけではなくて、その後に事業を継続していくために必要なことも教えています。 芳恵 ビジネスに必要な知識を教える、そのノウハウはどんなところで習得してこられたのでしょうか? 得上 私自身、大学在学中、22歳のときに1社目の会社をつくっているんです。 芳恵 プロフィールを拝見すると高校卒業後に東京電力へ就職、とありますが…。大学在学中、22歳で会社を? 得上 あ、そこはですね。時間軸がわかりにくくなりますが、高校を卒業していったん会社に入っているんです。大学に行きたかったんですけどお金がなくて、とりあえず就職か、と。それで、仕事をしながら夜間に大学に通っていたんです。で、4年生の5月から9月に、学費を払うという大イベントがありまして。それが終わったので退職しました。 芳恵 なぜ会社をすっぱり辞めてしまったんですか? 得上 学費を稼ぐという目的しかありませんでしたから。ただ、大学を卒業したら就職活動とかしなきゃいけないのかなあ、なんて思ってたんですけど、いっそのこと「会社をつくっちゃえ!」って考えて。 芳恵 「つくっちゃえ!」というのはずいぶんと思い切りが、その、なんというか、かる~いというか…そんなものなんですか? 得上 そうですね、軽いですね(笑)。ただ、学費を払い終わった後しばらくは家電やPC、周辺機器を扱うお店でアルバイトをしていて、ECサイト上での価格更新を全自動化する仕組みをつくりました。 芳恵 それは他社にはない仕組みだったのですか? 得上 ありませんでした。当時はECのはしりで、家電販売店は1円単位の価格競争を演じていました。でも夜、就業時間を過ぎるといったん価格の更新が止まってしまう。すると、一番安いお店では早々に在庫がなくなっているのにサイト上では1位に掲載されたままなので、クリックしても買えないという、ユーザーにとっては無駄なクリックが発生することになる。そんな不便を解消しようと考えてつくりました。 芳恵 そんなアルバイトがあるんですか!? 得上 そうですね。つくっちゃいましたねえ。高校生のときプログラミングに没頭していたというのと、アルバイトではあるけれども創業者のお付きの身分のシステム開発者みたいな感じでした。働く場所も、自分だけ違う部屋で一人で動いているような。で、その仕組みを持って、独立した会社を立ち上げたのが22歳のとき。それがMining Brownieですね。 芳恵 そんな技術はどこで学ばれたのですか? 得上 小学生の頃にゲームをつくりたいと思ったのがきっかけです。中学生の時は「マイコンBASICマガジン」でプログラムを読むだけの3年間でした。高校に入って実際にPCを使って、自分が頭の中でイメージしていただけのものが本当に動いた。それがシンプルに楽しくて、さらにプログラミングに没頭しました。 ●「立ち上げて売却する」ほうが好き 連続起業の醍醐味とは 芳恵 Mining Brownieは日本法人を設立して、その後、売却されたんですよね? 得上 Mining Brownieではクローラー(Web上から必要な情報だけを収集するシステム)をつくっていて、サービス化しようと思ってVC(ベンチャーキャピタル)から投資を受けたのですが、そのVCの方針が変わってしまったり、その後入ってもらった別の事業会社があったんですが、そこも一度買収されてしまって…。そこで「買うよ」と言ってくださった人がいたので売却したという経緯です。 芳恵 その後も起業・売却などされています。 得上 そうですね。その後もビッグデータを扱うセクションにいたり、デジタルマーケティングでDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)の設計開発をしたりして、それも売却しました。こうしてみると、常に売却目線に立っていますね。売却するにはある程度、体制が整っていないといけないし、ちゃんと市場に価値を提供しないといけない、そんな大変さはあるんですけれど、会社や組織を引き継ぐよりも、自分で立ち上げて売る、というほうが好きですね。 芳恵 それはなぜでしょう? 得上 時代が変わるからです。 芳恵 その後、マイクロソフトのテクニカルトレーナーに就任されて、それ以降はどんなビジネスを? 得上 マイクロソフトから独立したrinnaに入りました。マイクロソフトの、自分の部署とは全く関係ないところではあるんですが、女子高生AIというのが2015年くらいから開発されていて。19年にマイクロソフトに入った時、自分はいずれそちらに異動するのも良いかな、と考えていたんですが、21年になってそのチームが独立することになったんです。それで、後からではあるんですが自分も合流しました。rinnaではAIとLINEで喋れるようなサービスをやっていて、2年くらいいました。 芳恵 rinnaではどんな業務を? 得上 事業開発と財務マネージャーです。 芳恵 えーっ!技術をお持ちなのに! 得上 「えーっ!」ってなりますよね(笑)。 芳恵 もったいないですよ。 得上 まあその後、ちょっと体調を崩したりして、フルで働くのはやめようと思ってハンカチという会社をつくりました。AIコンサルティングと教育がメインの会社なんですが、それはそれで仕事が集まってきて忙しくなってきちゃって(苦笑)。 ●「社長になる」が目的ではダメ 学生に教えている起業の本質 芳恵 学生さんには起業をお勧めしてるんですか? 得上 うーん、起業も「目的」になるとダメで、「手段」でなければならないですね。何のために起業するんですかっていうとき、志というような美しいものではなくて、何がしたいのかっていう、もっと欲望みたいなものでもよいから、あれば起業すればいいですし、そのための術は教えます。だけど、目的化しちゃいけないよな、と。目的化するとそこで終わっちゃいますから。それじゃその会社は続かないよ、と。起業して社長になりたい、って言ったって、それは作業でしかないんですよね。マイナンバーカードでポチポチポチってやれば15分でできちゃうんで。わざわざ会社にしてまで何をしたいの、っていうところが大事かなあと。 芳恵 今向き合っている学生さんたちは、やりたいこことが明確にあるのですか? 得上 彼らには、やりたいことしかないんです。それよりも、会社をつくることに対してのハードルのほうが高くて、例えばヒップホップが好きだからそれを広めていく会社をつくりたい、といってもつくり方がわからない、つくったところでそこから先はどうしたらいいかわからない、とか。そういうことに関しては、事業計画っていうやつが必要でね、ということは教えています。 芳恵 お金の集め方とかも必要ですものね。 得上 そうですね。これは教える先生にもよりますが、自分は売却派なので(笑)。立ち上げた会社を長く続けるのも良いし、潰すのも良いし、売却するのも良いですし…。そんなに重く考えるな、と。起業そのものは事務手続きにすぎないよ、と言っています。 芳恵 ところで、起業を数多く経験されていて、これまでに大失敗というのはなかったのでしょうか。 得上 まあ、あるとすれば…、Mining Brownieを売却してしまったことですかね。 芳恵 えっ?! 得上 売らなければ、今頃は花開いていただろうなあと…。 芳恵 それは、いったいどういうことでしょう? (つづく) ●時間も人もまたぐ宝箱 得上氏の思い入れは本棚に。プログラミングや経営に関するものだけでなく、盆栽や音楽、色彩検定に関する書籍も。思い出の保管庫としているだけでなく、これまでの読書は時間や人をまたいで活用できるという。子どもの頃は考古学にも憧れた。昔から知識欲が強かったと自ら語る得上氏の歴史そのものでもある。 心にく人生の匠たち 「千人回峰」というタイトルは、比叡山の峰々を千日かけて駆け巡り、悟りを開く天台宗の荒行「千日回峰」から拝借したものです。千人の方々とお会いして、その哲学・行動の深淵に触れたいと願い、この連載を続けています。 「人ありて我あり」は、私の座右の銘です。人は夢と希望がある限り、前に進むことができると考えています。中学生の頃から私を捕らえて放さないテーマ「人とはなんぞや」を掲げながら「千人回峰」に臨み、千通りの「人とはなんぞや」がみえたとき、「人ありて我あり」の「人」が私のなかでさらに昇華されるのではないか、と考えています。 奥田喜久男(週刊BCN 創刊編集長) <1000分の第356回(上)> ※編注:文中に登場する企業名は敬称を省略しました。