「弱いつながり」が革新を引き起こす
■マーク・グラノヴェッターの功績 本書『世界標準の経営理論』では、社会学ディシプリンの一大分野であるソーシャルネットワーク研究の起点となる、エンベデッドネス理論を解説した。しかし、同理論はあくまで起点である。ソーシャルネットワーク分野の著名研究者であるケンタッキー大学のダニエル・ブラスは、以下のように述べている※1。 Homegrown theories, developed within the social network research tradition, have included the strength of weak ties and structural holes. (kilduff & Brass, 2010, P.343.) ソーシャルネットワーク研究の伝統の中で生まれた理論の代表は、「弱いつながりの強さ」と「ストラクチャル・ホール」である。(筆者訳) 世界標準の経営学で、ブラスの意見に異を挟む学者はおそらくいない。筆者も同感だ。「弱いつながりの強さ」(strength of weak ties:以下SWT)と、本書の次章で解説する「ストラクチャル・ホール」は、現代経営学のソーシャルネットワーク研究の核心を成す二大理論である。本章は、前者を徹底解説する。 同理論を打ち立てたのは、スタンフォード大学の社会学者マーク・グラノヴェッターである。社会学者であるにもかかわらずノーベル経済学賞の呼び声も高いグラノヴェッターだが、その理由は、このSWT理論を提示したことが大きいと筆者は理解している。彼が1973年に『アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー』に発表した論文(タイトルはまさに“Strength of Weak Ties”という)を、世界の社会学ディシプリンの経営学者で読まない者はまずいないだろう※2。同論文のグーグル・スカラーの引用数は5万以上にも及ぶ。 ■ソーシャルネットワークの役割は、伝播・感染にある 本論に入る前に、SWT理論の前提である「弱いつながり」「強いつながり」について確認しよう。実は、この「弱い・強い」に学術的に確立された絶対的な基準があるわけではない。一般に「接触回数が多い、一緒にいる時間が長い、情報交換の頻度が多い、心理的に近い、血縁関係にある」などのつながりを、「強い」と考えていただければよい。その逆が「弱い」つながりである。 例えば「親友や家族」と「ちょっとした知り合い」を比べれば、前者は相対的に強く、後者は弱い。「10年ともに仕事をしている同僚」と、「異業種交流会で何度か会ってメールでやり取りする程度の相手」とのつながりを比べれば、やはり前者が強く、後者は弱いといえるだろう。 皆さんは強いつながりと弱いつながりの、どちらが大事と考えるだろうか。普通なら、それは強い関係にある人たちだと考えるはずだ。強いつながりの効能は、「信頼関係が築ける」「深い意見交換ができる」「いざとなったら助けてくれる」など、直感的にわかりやすい。それに対して、弱いつながりの効能はピンとこない方が多いだろう。それを説明するのが、SWT理論である。実は、弱いつながりがもたらす効能は、我々が予想するよりもはるかに大きい。何より、弱いつながりはいま日本に求められている変化やイノベーションを促進する上で、決定的に重要なのだ。 そのカギとなる前提は、ソーシャルネットワークには「伝播する力、感染する力に差がある」ということだ。そもそもなぜソーシャルネットワークの理解が重要かといえば、それはネットワーク上で様々なものが飛び交うからである。例えば疫学では「ウイルスがどのように人から人へと経由して世界中で感染していくのか」について、ソーシャルネットワークを使って分析することが研究テーマになっている。そしてビジネスで「伝播するもの」といえば、それは情報・アイデアになる。 SWT理論のエッセンスは、グラノヴェッターの1973年論文に集約されている。そこで本章の前半は、この論文に基づきながら同理論をひも解いていこう。以下、同論文の構成に基づき、(1)ブリッジという概念とその特性、(2)ブリッジの効能、(3)最後にそれらを合わせてソーシャルネットワーク上での弱いつながりの意義を解説しよう。