【タイ】物流インフラ改善で魅力増す 「タイ+1」のカンボジア(上)
「タイ+1」の進出先として注目を集めるカンボジアで、進出を検討する日系企業の背中を後押しする今後の「ゲームチェンジャー」は何か。カンボジアのスン・チャントル副首相は、物流インフラ改善の象徴となる運河計画を挙げる。人件費の優位性や土地代の安さといった長所に比べてネックとなってきた物流だが、日系企業の協力もあり課題解決の途上にある。来年以降に米中対立が激しくなる可能性があることで、生産拠点の移転が増え、カンボジアの存在感は今後も高まりそうだ。 タイの首都バンコクでは1日、日本貿易振興機構(ジェトロ)などが主催する「タイ+1としてのカンボジア投資セミナー」が開催され、現地とオンライン合わせて約300人が参加した。カンボジアからは副首相のスン・チャントル氏が出席。同氏は投資認可業務を担当するカンボジア開発評議会(CDC)の第1副議長も務める。 スン・チャントル氏は、カンボジアでは、「ビジネスを成功させようとする政府の姿勢が、経済成長のエンジンとなっている」と、強力なリーダーシップで投資環境を整備しているとアピール。進出する外資企業との対話を重視し、投資環境の改善を協議する日カンボジア官民合同会議の開催実績は28回を重ねるほか、今年から新たに米国や韓国などとも会議を開催するなど、外資の民間セクターが要望を当局に対しダイレクトに伝えられる仕組みを整えていると訴求した。 物流インフラ面の整備拡大も注力しているポイントの1つに挙げた。2029年の完成に向けて建設中のフナンテチョ運河は「カンボジアの物流にとって重要なゲームチェンジャーだ」という。メコン川を経由し、ベトナムの港に依存する海運の現状を変え、首都プノンペン近郊と沿岸部を直接結べるようになる、カンボジアにとって最大規模のインフラ事業だ。 空運でも、昨年10月に開港したシェムリアップ・アンコール国際空港をはじめ、25年には新プノンペン国際空港が一部開港予定。陸運でも首都プノンペンと南部シアヌークビルを結ぶ高速道路の開通で、移動時間が5~6時間から2~2時間半へと半分以下に短縮された。「1990年代のイメージが記憶に残っているかもしれないが、どう変わったのかぜひ見に来てほしい」。リアルな姿のカンボジアを知ってもらえるよう、参加した日系企業関係者に訴えた。 ■課題残る物流に協力 カンボジアの物流インフラ整備は、国際協力機構(JICA)による援助のほかに日系の民間セクターも協力している。イオンモール傘下で2022年に設立されたイオンモール(カンボジア)ロジプラスは、カンボジア政府からフリーポート・プロジェクト・オペレーターに任命され、サプライチェーン(供給網)の再構築や物流課題の解決を担っている。 同社でゼネラルマネジャーを務める小野識人氏は、現地調達が少ないカンボジアでは海外とのコネクティビティーが最重要だが、「船便の少なさ、脆弱(ぜいじゃく)な物流インフラ、物流品質の低さなど多くの課題を抱えている」と説明する。 解決策の1つとして同社は23年7月、カンボジア唯一の深海港、シアヌークビル港に隣接する立地の保税倉庫「AMLPシハヌークビル FTZロジスティクスセンター」を開設した。カンボジア初の保税非居住者運用が可能な倉庫で、貨物を外国企業の名義下かつ保税状態で保管でき、周辺国と比べて長期間保管できる特徴もある。カンボジア国内の倉庫から短いリードタイムで納品できる、工場在庫の削減が可能などのメリットがあるほか、輸入通関を経ずに他国へ再輸出する機能もある。小野氏は「カンボジアを東南アジア諸国連合(ASEAN)のハブとして活用することも可能」といい、カンボジアに物流の新形態をもたらしたプロジェクトだ。 小野氏が「新たなゲームチェンジャーになり得る」と話すのは、同社倉庫のすぐ近くに建設中のシアヌークビル新コンテナターミナルだ。27年3月に第1期竣工(しゅんこう)予定で、完成すればコンテナ貨物の取り扱い能力が現在の3倍以上に増える見込み。小野氏は「カンボジアの営業活動に大きなインパクトがある」と期待を向ける。 ■米中対立が追い風に 米中貿易摩擦の行方も、カンボジアにとってはゲームチェンジャーの一つだ。米国では11月の大統領選で、対中強硬派のトランプ氏が勝利した。 ジェトロ・バンコク事務所の藪恭兵氏はNNAに対し、「米中貿易戦争を仕掛けた張本人であるトランプ氏が再び大統領になることで、両国の対立は一層厳しくなる」と話す。トランプ氏は今回の選挙活動においても、公約として中国に60%以上の関税を課す方針を掲げた。「米国シンクタンクの見解では、トランプ氏のこの公約実行に法律上のハードルはない」といい、立法機関である米国連邦議会も、半導体や人工知能(AI)などハイテク分野で米国の技術を中国に流出させないよう、貿易政策で対中強硬を維持・拡大していく見通しという。 藪氏は米中対立のASEANへの影響として、「対立が深まれば、企業がサプライチェーンをASEANに移すという『漁夫の利』を得る」と解説。特にカンボジアではその恩恵が顕著で、両国の対立激化前後である18年と23年を比べると、「米国への輸出は3倍に増加した」。ASEANの中でもトップの伸び率だ。 カンボジアから米国への輸出品目も、従来の中心は衣類や革製品、履物だったが、同期間に半導体デバイスや太陽光パネルなどが急増。「企業がカンボジアシフトを鮮明にしている」と指摘する。 藪氏は今後も、関税によって中国から米国への輸出が難しくなるほど、中国からの輸出が減った分をカンボジアなどASEANが補う展開が予想されるといい、「現地で操業する日系企業にも取引増加などのメリットが期待される」。一方で懸念されるのは、中国企業が米国への輸出拠点としてASEANを活用する「迂回(うかい)貿易」に対して、米国が警戒の度合いを高めることだ。「米国はすでに今年10月には、カンボジアからの太陽光パネル輸入に最大60%を超える相殺関税を課した」。迂回防止策が拡大すると、「米国との取引がある日系企業も巻き添えを受けるリスクがある」と注意を喚起する。 ■一番のゲームチェンジャーは新政権 ジェトロやCDCと共にカンボジア投資セミナーを主催した日・ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)で事務局長を務める藤岡亮介氏は、「一番のゲームチェンジャーは新政権だ」という。カンボジアでは40年近く首相を務めたフン・セン氏が昨年引退し、8月に息子のフン・マネット氏率いる新政権が発足した。藤岡氏は、新政権は「等身大のカンボジア」が諸外国にどう受け止められているかに敏感で、ASEAN諸国との差別化を真摯(しんし)に考えており、「日本側からの提言もしっかり聞いてもらえる」。そうした統計の数字には表れてこないカンボジアならではの強みもあると語った。