「そろそろウクライナが停戦を決断すべき」は絶対おかしい…小泉悠「この戦争から日本人が学ぶべきこと」
■今すぐ停戦しても平和にはならない ウクライナ戦争の責任はロシアにあります。理由は単純で、戦争を始めたのはプーチンだからです。ウクライナや東方拡大を進めるNATOにも問題があるといった複雑な背景を語る前に、先に暴力を振るった側に第一義的な責任があります。民族や宗教の衝突、領土問題など、どの国家間にも緊張関係はあるものです。それでも戦争にならないようにほとんどの国が自制して保っている秩序を、プーチンはわざわざ破ったのです。 【この記事の画像を見る】 「戦争の長期化を招いているゼレンスキーにも責任があるのではないか」という意見に対しては、被侵略国の責任を問うのはおかしいと断言します。この戦争を長期化させないための一番簡単な方法は、プーチンが戦争をやめることです。ウクライナがロシアの侵略に抵抗せずに戦争を停止するという選択肢も理論的には考えられますが、これは「侵略の成功」であって「戦争の早期解決」ではありません。 仮に今すぐ停戦したとしても、平和な日常は戻りません。組織的な拷問や性的暴行、略奪や子どもの連れ去りといったロシア軍のこれまでの振る舞いを見ても、占領地域で人道危機が続くことは十分に考えられます。 ロシアとウクライナはもう2年半も全面戦争を続けています。さらに私たち軍事研究者の多くは、3年目を迎えたこの戦争がこのまま4年目に突入するだろうと予想しています。今年8月にはウクライナによるクルスクへの越境攻撃が報じられましたが、この作戦があってもなくても犠牲者は増え続けるでしょう。本当の問題はこの作戦による犠牲者数の増減よりも、クルスクでの限られた軍事的成功をどうやって政治的な成果につなげるかということです。その意味では、今のところウクライナの思い通りの成果は上がっていないように見えます。 この戦争において第一に責められるべき侵略国は明らかにロシアです。ところが、被害を受けているウクライナを揶揄(やゆ)するような冷たい意見があとを絶ちません。なぜか、イラク戦争のときアメリカを「極悪非道な侵略者」として激しく批判していた日本のリベラルな学者たちでさえ、今回のロシアに対しては歯切れが悪い。その理由を私なりに分析すると、ウクライナを手本として日本も軍備を増強し、総動員体制で侵略に抵抗できるようにするべきという風潮が生まれることを恐れているからだと思います。 もう一つ、リベラル層の意識に根付く考えに、ロシアのウクライナ侵略は、アメリカが冷戦後の秩序維持に失敗した結果だというものがあります。本当に悪いのは危機を煽(あお)ったアメリカであり、ロシアもウクライナもアメリカの被害者だという見方です。 私自身、これらの考え方を不当なものだとは思いません。しかし、ロシアのウクライナ侵略における道理のなさや残虐さは、どうあっても正当化されるものではありません。アメリカが信用できないからといって、その対抗勢力であるロシアを正しく感じるというバイアスがかかって出てきたのが「ロシアもウクライナも同程度に悪い」という「どっちもどっち論」なのです。 アメリカに限らず、大国は信用できないものです。私たちはアメリカもロシアも、同じぐらい疑うべきなのです。 とはいえ、すべてを懐疑的な目で見ると、陰謀論的な思考に流れてしまいがちです。ある程度信用できる情報と信用できない情報を区別する必要があります。どの情報が信用できるかを判断する際には、自信を持って他人に説明できる得意領域を持っていると役に立ちます。私の場合はウクライナ戦争についてまとめるために丸一年、自著の執筆に本気で取り組み、情報の真偽を判断するために必要な感覚を得ました。自分で手を動かして調べ尽くした経験があれば、根拠に乏しい情報を「怪しい」と判断する助けになります。