ファーウェイ事件に見えてくる「物量のハイテク戦争」と日本の立ち位置
物量のハイテク戦争
一生をコンピューターソフトの開発に捧げ、今でも若い人を指導している友人に意見を聞いてみた。 「ディープラーニングによるAI(人工知能)は、パターン認識やニューラルネットワークなどを基本にして、膨大なデータと桁違いの処理能力にものをいわせているのであって、技術の本質が進歩しているわけではない。顔認証も、自動運転も、第5世代も同じことで、IoT(あらゆる物をインターネットでつなぐ)も、それが社会システムとして実現するかどうかが問題なのだ」という。 これには負け惜しみも入っているだろうが、一面の真実であろう。 つまり「物量」というやつだ。 もう少し詳しくいえば、膨大迅速な処理能力によって、これまでのようなツリー構造的な論理展開ではなく、むしろコンピューターには苦手とされてきたアバウト(実際には人間の判断よりはるかに精確)な認識と判断をするようになった。つまり物量がコンピューターの性質を変え、それが人間社会の運営に関わるようになる。アバウトだからこそ、人間に代わる力を発揮するのだ。 太平洋戦争でアメリカに負けた、あの「物量」である。 少年時代、僕はよく「なんで日本は戦争に負けたのか」と大人たちに尋ねたが、たいていは「日本は精神も技術も劣っていなかったが、アメリカの物量に負けたのだ」と答えたものである。その物量だ。今度は武器弾薬の物量ではなく、情報処理の物量だ。
人海ではなく脳海戦術
ファーウェイは、中国の深センを拠点とする急成長企業であり、現在は携帯端末のシェアも拡大しているが、もともとは通信機器の企業で、世界のトップクラスの情報企業がその製品とシステムを採用しているという。日本も使っているが、逆に日本の部品も多く使われており関係が深い。 急成長しているだけでなく、2015年の時点でも、従業員の45パーセントに当たる7万9000人が研究開発に従事し、高賃金でモチベーションも高く、猛烈に働いているという。年間の特許出願数は常に世界トップクラスだ。つまり研究開発の人海戦術である。 人口が多いので人海戦術といえば中国を思い浮かべるほどだが、これは「人体の海」ではなく「優秀な脳の海」であるから「脳海戦術」というべきか。西洋人が東洋人に抱いているイメージの一つが、ある目標に向かって無批判的に集団的に突き進む傾向だという。日本人は公的な目的のために自己の利益を犠牲にして働く傾向があり、中国人は自己の利益を公的なスローガンが後押ししたとき猛烈に働く傾向がある。近年の日本ではこの傾向が薄れているが、今の中国はまさにこの傾向のピークにある。 もちろん、これまでもこれからもアメリカは最強であろうとしつづけるだろう。しかしながら現在「脳海戦術」に強いのは圧倒的に中国である。スタンフォードなどに留学していた学生や、GAFAで働いていた技術者が帰国してファーウェイに勤める。共産党独裁でもあり、西ヨーロッパで積み上げてきたような自由主義的、個人主義的立場からの抵抗が少なく、顔認証と個人データによる犯罪捜査や金融管理などの社会実験に取り組みやすい。一時は、パソコンが草の根民主主義とともに語られたが、その逆だ。アップルのスティーブ・ジョブズが自宅のガレージで事業を立ち上げた時代とは変わってきた。パソコンは自由な個人を形成したが、5Gは情報による集団管理に向かう。 中国の次に来るのがインドだろう。英語を話す人口が多く、歴史的にもゼロを発見した数学の国であり、シュリニバーサ・ラマヌジャンなど天才的な数学者を生み出している。さらにロシアとその周辺の東欧諸国にもかつて重工業でアメリカの向こうを張った科学技術力の蓄積と記憶があり、すぐれた科学技術者がいる。