「どんな協力関係も理論上崩壊します」…簡単なゲームでも分かってしまう人間の「集団行動心理」
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第17回 『「道徳は非合理で競争に不利」…人間にも共通する“利己的な個体が得をする”生物界の残酷な宿命』より続く
協力的な体制は崩壊しやすい
協力的な体制は崩壊しやすく、場合によっては破壊的な暴力のサイクルに陥る傾向がある事実は、これまで何度も実証されてきた。 行動経済学の実験を通じて、人は互いに協力することには基本的に前向きなのではあるが、ほとんどの場合でその前向きさが「フリーライダー」、つまり対価や代償を支払わずに利益を得る便乗者によって悪用され、その結果、公共のための個人の貢献度は急激に減り、最後にはほぼゼロになることが確認されている。 人間の協力行動を正確に研究するには、テーマを科学的な枠組みに落とし込む必要がある。たとえば、意思決定状況における集団行動問題をモデル化する「公共財ゲーム」では、4人か5人のプレーヤーに一定の初期財産が与えられる。
「公共財ゲーム」
プレーヤーはそれを自分のものとして保持するか、それとも全員のために寄付するかを選ぶ。ラウンドごとに寄付で集まった金額が数倍(通常は2倍)に増やされ、それがプレーヤーに同額ずつ、つまり各自の寄付金額に関係なく平等に還元される。ここでは自分では寄付をせずに配当に便乗するフリーライダー、つまり「離反」が支配的な戦略になることは、説明するまでもないだろう。誰もが他人の貢献から恩恵を受け、各ラウンドで寄付をせずに取り分を手に入れることが可能だ。 その効果はラウンドを繰り返すごとに増幅される。また、ラウンド数は前もってプレーヤーに知らされている。そのため、最終ラウンドの最適解から、各ラウンドにとって最善の戦略を逆算できる。 たとえば、10ラウンド行われることがわかっている場合、当然ながら、最終の第10ラウンドにおける自身の行動が第11ラウンドの結果に影響することはない(第11ラウンドなど存在しないのだから)。そのため最終ラウンドでは、参加者は非協力的になると予想できる。したがって、第9ラウンドが実質上の最終ラウンドとなり、ここでも非協力的な態度が予想できるため、結果としてゲームそのものが崩壊し、最初のラウンドですでに非協力的な決断をすることの魅力が否応なく高まる。 ここまでは理論だが、実際にもそうなることが確認されている。公共財ゲームに参加した人々の大半は、最初の数ラウンドでは協力的な決断を下すことが多いが、一人のプレーヤーが自ら寄付することなしに他人の貢献から利益を手に入れはじめたとたんに、協力関係は崩壊する。そのため、数ラウンド後には寄付がほぼゼロになる。 『「協調関係は“ガラス”のようなものだ」…集団行動をする上で全員が知るべき科学的「行動原理」』へ続く
ハンノ・ザウアー、長谷川 圭