『八犬伝』をよく知らない人もハマりそうな映画! 役所広司・内野聖陽+若手俳優たちによる壮大なファンタジー×人間ドラマ【おとなの映画ガイド】
日本のファンタジーの原点といわれ、マンガ、アニメ、ゲーム、舞台、ドラマ、音楽など多くのジャンルに影響を与えつづけている『南総里見八犬伝』。それを基にして作られた山田風太郎の小説『八犬伝』が映画化され、10月25日(金) に全国公開を迎える。不思議な運命で結ばれた八人の剣士を主人公にした壮大なスケールの伝奇物語と、このとんでもない世界を生み出した滝沢馬琴の創作秘話をパラレルに描く。馬琴を演じるのは役所広司。VFXを駆使した人気若手俳優によるアクションと、重厚な人間ドラマの2層構造、見応えのある時代劇の登場だ。 【全ての画像】『八犬伝』の予告編+場面写真(10枚)
『八犬伝』
坂本九が「夕やけの空を、君は見てるか……」と歌うテーマソングのNHK人形劇『新八犬伝』に、心ときめいた昭和世代も多いと思う。 原作は、戦国時代初期の南総(千葉南部)、里見家にかけられた呪いを巡る、八つのきらめく珠と、「犬」がつく姓を持つ、⼋剣⼠のファンタジー・ロマン。江戸時代の人気作家・滝沢馬琴が、文化11年(1814) から28年かけて書いた『南総里見八犬伝』、全98巻、106冊の超大作だ。 呪詛、怨霊というまがまがしい世界。宙を飛び、時空を超える。八つの珠にこめれられたのは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌といかにも儒教から発想された言葉だが、その意味やデザイン性は、いま見てもスタイリッシュでカッコよく、江戸時代にこんなぶっとんだ物語が創られていたなんて、驚くしかない。 本作の曽利⽂彦監督も小学生時代に『新八犬伝』に夢中になったひとり。USC(南カリフォルニア⼤学⼤学院)映画学科在学中に、デジタルドメイン社でCGアニメーターとして『タイタニック』(1997) のVFXに携わることからキャリアを始めた曽利監督は、「この世界に⼊ってから、『⼋⽝伝』の企画が頭から離れたことは⼀度もありません」という。江戸のSFを現代のテクノロジーで描くことに夢を膨らませ続けていたのだ。 そして出会ったのが山田風太郎の『八犬伝』。昭和を代表する伝奇小説作家が生み出したこの作品は、八剣士の物語である「虚」のパートと、作者の滝沢⾺琴を登場させる「実」のパートをシンクロさせるという斬新な手法で書かれている。本作は、風太郎版『八犬伝』を基にした。 虚のパートは、注目の若手俳優が多く出演し、VFXをふんだんにとりいれた最新鋭の映像で八人の剣士たちの戦いがダイナミックにテンポよく展開される。剣⼠には渡邊圭祐(⽝塚信乃)、鈴⽊仁(⽝川荘助)、板垣李光⼈(⽝坂⽑野)、⽔上恒司(⽝飼現⼋)、松岡広⼤(⽝村⼤⾓)、佳久創(⽝⽥⼩⽂吾)、藤岡真威⼈(⽝江親兵衛)、上杉柊平(⽝⼭道節)。物語の発端となるエピソードに登場する⼟屋太鳳(伏姫)、さらにいま話題の河合優実(浜路)、塩野瑛久(扇谷定正)、そしてヴィラン役に栗⼭千明(⽟梓)。 一方、実のパートは、役所広司(馬琴)を筆頭に、内野聖陽(葛飾北斎)、寺島しのぶ(馬琴の妻)、磯村勇⽃(息子)、⿊⽊華(息子の妻)と、最上級の演技派俳優が並ぶ。こちらでは、作家の創造の苦悩、家族との愛憎、男の友情、老いへの恐れ、といった様々な人間ドラマを堪能できる。 この、“虚実”が交互にスクリーンに現れる手法は、一見すると複雑で、面倒くさそうだけれど、これが意外と、とてもわかりやすい。決して観客を戸惑わせない新鮮な趣向となっている。もちろん、106冊にも及ぶ膨大なファンタジーとその創作秘話をたったの149分で語るのだから、どうしてもかけ足の部分は出てくるが、そうしたことで、かえってもっと詳しく『八犬伝』という物語を知りたくなる。 とはいえ、なんといっても興味深いのは、馬琴と絵師・葛飾北斎の関係。親友同士で仕事仲間。北斎はちょうど『冨嶽三十六景』を制作中で、『八犬伝』の挿絵は断るのだが、おりにふれて馬琴宅を訪れては、ストーリーの構想を聞き、その感想を述べ、その場でイメージを絵にしていく。それが馬琴の新たな発想につながったというあたり、現代の作家と編集者の関係のようであり、当時のトップ・クリエーターふたりが力を合わせて作品を昇華させているなんて、わくわくする。 正義を信じ、勧善懲悪・因果応報の作風、まじめ一徹の堅物。武家から下駄屋の婿養子に入り、口の悪い女房には頭があがらない恐妻家。そんな馬琴の一面や、文化・文政のいわゆる「化政文化」華やかなりしころの世相も描かれている。 馬琴が上演中の歌舞伎『東海道四谷怪談』を北斎と一緒に見に行き、作者の鶴屋南北(立川談春)と虚実論争をするくだり。このために、現存する⽇本最古の芝居⼩屋である⾹川県の⾦丸座を、当時の中村座にみたてて撮影。伊右衛⾨を中村獅童、お岩を尾上右近が演じている。そんな風に、劇中劇のキャストまで心を配り、細部にいたるまで、ていねいに作られた作品だ。 文=坂口英明(ぴあ編集部) 【ぴあ水先案内から】 植草信和さん(フリー編集者、元キネマ旬報編集長) 「……今年は時代劇の当たり年だが、そのなかでも群を抜いて面白い時代劇としておススメしたい。」