「ゴリラ研究者」と「シジュウカラ研究者」はどうやって生き物との距離を縮めるのか?
■文字を作り出したのは失敗だった 鈴木 そもそも、僕ら人間だって他の動物と同じように、ジェスチャーを言葉として使っていますよね。例えば、人差し指で何か特定のモノを指すと「あれを見て」という意味になります。 人間を特別視せずに動物たちと同じ土俵で考えることで、人間固有のものと、他の動物にも共通するものに気づけると思うんです。 山極 それは本当にその通りで、他の動物たちの間に人間を位置づけることで、私たちは自分たちのことを見つめなおすことができるんです。 本でも話したけれど、ゴリラやチンパンジーや人間は、本来はジェスチャーなどの視覚コミュニケーションを重視する動物です。視覚が情報伝達の手段として使いやすい環境で進化してきたからですね。ゴリラを見ていても、あくまでジェスチャーが主で、声はあくまで補完的な役割です。 つまり、もともと人間が使っていたのは「見える言葉」だった。でも鳥は違って、空を三次元に自由に飛び回るから、声の方がコミュニケーション手段として適している。だから「聞こえる言葉」である鳴き声が進化したんでしょう。 ところがわれわれ人間は音声言語を手に入れたことによって、ちょっとだけ鳥に近づいたんだな。「聞こえる言葉」を使うようになった。現代人は「見える言葉」を忘れて「聞こえる言葉」が普通だと思っているけれど、実はそれは比較的最近になって手に入れたものなんです。 鈴木 そうですね。音声言語だけが言語じゃない。 山極 でも、人間は鳥のように自由に飛び回れませんから、やっぱり視覚から逃れることはできませんよね。そこで人間は再び、ただし別の形で「見える言葉」を作り出した。それが文字じゃないか。 鈴木 なるほど! 山極 しかしね、私は人間が文字を作り出したのは失敗だったんじゃないかと思う。 確かに文字によって得たものも大きいけれど、文字は、人間が本来使っていた「見える言葉」が持っている豊かな情報を切り捨ててしまうからね。 鈴木 まあ、山極さんと僕は文字によって本を作ったのであまり悪口も言えませんが(笑)、おっしゃる通りだと思います。 文字には、時間や空間の制約を超えられるという強みがあるけれど、経験や感情を共有する力は強くありません。ヒトだけでも数十万年の歴史があって、その間ずっとジェスチャーや歌などの「言葉」を使ってきたのに、せいぜい5000年くらいの歴史しかない文字がそれらに取って代わるのは難しいですよ。 例えば、ゴリラも人も、共感を手に入れるためには行動の同期が大切ですよね。ダンスや歌とか。互いに共感することで子育てや狩りをうまく遂行するんです。 山極 われわれの前に生きていたネアンデルタール人は音楽的な声を使ってコミュニケーションを取っていたんじゃないかという説もありますね。歯列の形や、脳で感情を司る後頭部が大きかったりすることが根拠です。 鈴木 3億年前に僕らヒトと分岐した鳥たちも、人類とは別のルートで共感の力を進化させているかもしれない。実は僕は今、シジュウカラのジェスチャーの研究をしているんです。どうやら、シジュウカラもジェスチャーを使っているらしいんです。 山極 改めて思いましたが、鈴木さんや私は動物の研究者であると同時に、動物哲学者でもあるんだな。人間は人間だけを特別視しがちですが、動物を見ていると、どうやら違うらしいということがわかってくるから。人間もまた動物です。 鈴木 僕たちだって歌ったり踊ったりして共感しますしね。 山極 恋人同士のコミュニケーションだって、文字だけじゃどうにもなりません。いくら「愛している」と言ったり書いたりしてもダメで、それよりも寄り添って肩を抱いたほうがいい。ゴリラと暮らすとそれがよくわかるんです。私たちが思っている以上に、「言葉」は多様で豊かなんですよ。 ★『動物たちは何をしゃべっているのか?』の中身を週プレNEWSにて一部公開中!●山極寿一(やまぎわ・じゅいち)1952年生まれ、東京都出身。霊長類学者。総合地球環境学研究所所長。京都大学前総長。アフリカ各地のゴリラなどを研究対象とし、人類に特有な社会のルーツを探っている 公式ホームページ ●鈴木俊貴(すずき・としたか)1983年生まれ、東京都出身。動物言語学者。東京大学先端科学技術研究センター准教授。シジュウカラ科の鳥類研究を専門とし、特に鳴き声の意味や文法構造の解明を目指している 公式Twitter【@toshitaka_szk】 ■『動物たちは何をしゃべっているのか?』好評発売中!動物たちの知性を示す驚きの最新知見を、森で暮らした動物研究者ふたりが縦横無尽に語り合う対談本。発売前に予約が殺到した話題作! 1870円(税込) 取材・文/佐藤 喬 撮影/榊 智朗