「ゴリラ研究者」と「シジュウカラ研究者」はどうやって生き物との距離を縮めるのか?
■五年かけてゴリラに近づく 鈴木 山極先生は、ゴリラに近づくまでにどのくらい時間をかけるんですか? 山極 五年くらいかな。 鈴木 五年! 山極 まず、ゴリラはシジュウカラと違い、人間を知りません。そんなゴリラが住む森に私たちが近づくと、ゴリラが先に僕ら人間を発見して、逃げます。そのときの距離は100mくらいはあるので、僕らはゴリラを見ることができません。気配だけ。それが最初です。 鈴木 最初はゴリラの姿を見ることさえできないんですね。 山極 でも、ゴリラは地上性の生き物ですから、地面に足跡を残すわけです。だから私たちは足跡を頼りにゴリラを追うんですが、当然、彼らは先に気づいて逃げる。それを延々と繰り返しているうちに、やがてゴリラのほうがしびれを切らして警告してくるんですね。胸を叩いたり、突進してきて目の前で急ブレーキをかけたりして。 ここからが重要なんです。そうやってゴリラが追い払おうとしても、逃げてはいけないんです。200㎏を超えるゴリラに脅されると普通の人間は逃げるんですが、逃げない。するとね、まずその群れの子どもが興味を持ってくれるんですよ。「お父ちゃんに脅されても逃げない、このヘンなサルはなんだろう」という感じで。 それでわれわれ研究者は、ゴリラの鳴き声を出したり、ゴリラの子どもがやるように小枝を口にくわえたりして、子どもたちのほうと仲良くなっていくんです。 鈴木 その間、親のゴリラはどうしているんですか? 山極 こっちをじっと見ています。それで私たちが下手な真似をすると、今度は本気で攻撃してきます。だから私も冷や冷やしながら、少しずつ距離を詰めていくんですね。その土地のゴリラの鳴き声を覚えて、クセも真似してとね。 すると「こいつはマナーを知っているようだから、ここにいさせてやってもいいか」となる。それに五年くらいはかかります。 鈴木 すごいなあ。襲われたことはないんですか? 山極 ありますよ。押し倒されたり、脚と頭を咬まれたりね。でも、怖がって逃げるとお尻を噛まれるんですが、私はお尻をやられたことはないんです。それは誇りだな。 あと、一度そうやって怒られてから仲直りすると、親しくなれるんですよ。人間でも、一度ケンカすると仲良くなったりするでしょう? あれと似ていて、一度怒られるのが親しくなるための極意なんだ(笑)。相手の「身体性」みたいなものがわかると、共感できるようになるんだね。