発酵だろうが、腐敗だろうが、微生物にとっては「本質的にまったく変わりない」
代表的な発酵
以下に、代表的な発酵を、図(「代表的な発酵)とともにあげてみよう。 アルコール発酵 私たちの生活に身近でよく知られている代表的な発酵に、アルコール発酵がある。アルコール発酵は酵母菌(イースト)が行う呼吸で、好気呼吸と同じブドウ糖を出発材料とし、最終的にアルコールの一種であるエタノールと二酸化炭素がつくられる反応系だ(図中央「アルコール発酵」)。ビールもワインも日本酒も、醸造酒と呼ばれるものはみんな酵母が行うアルコール発酵を利用して製造される。 酵母はパンづくりでも活躍する。生地の中でアルコール発酵が起こり、パン生地を焼くと小麦粉を捏ねたことで生じた粘性の高いグルテンに閉じ込められた二酸化炭素が膨らんで、ふわふわしたパンの食感をつくりだすのだ。なお、ここで酵母菌が呼吸基質として用いているのは生地に加えた砂糖であって、小麦粉ではない。 乳酸発酵 乳酸発酵はアルコール発酵に並んで身近な発酵の一つだ。乳酸菌が行う呼吸であり、最終産物として酸味のある乳酸という物質ができる(図左「乳酸発酵」)。ヨーグルトや乳酸飲料の製造でおなじみであり、漬物も多くは乳酸発酵を利用してつくられる。 酢酸発酵 酢酸菌が行う呼吸であり、エタノールを酢酸に変える反応である(図右「酢酸発酵」)。 酢酸発酵は酸素を用いる反応系なので嫌気呼吸には該当しない。果実酢の多くは、果実酒にふくまれるエタノールを酢酸発酵させてつくられている。
多種多様な発酵食品
世界にはさまざまな発酵食品があるが、そのなかでも日本は特に豊かな発酵文化をもつ国である。 日本酒の製造に欠かせない は穀物に主に菌(コウジカビ)を繁殖させたものである。 菌は菌糸から米などにふくまれるデンプンをブドウ糖に分解する酵素を放出する(糖化)。 アルコール発酵を行う酵母菌はデンプンを材料にすることはできないが、 菌がデンプンをブドウ糖に変えてくれたおかげでアルコール発酵によってアルコールをつくることができるようになる。なお、ここにさらに酢酸菌が加わることで穀物酢ができる。 菌がやっていることはATP産生反応(呼吸反応)ではないが、複数の微生物が協働(コラボ)して奥深い発酵食品の世界をつくりあげている。 納豆は日本人にとっては馴染み深い発酵食品であるが、海外の人からは「腐っている」と判断されてもおかしくない。くさややシュールストレミングにいたっては、大多数の人に「腐っている」と判断されそうだ。 このように、発酵と腐敗の境界線は実際にはかなり曖昧である。なぜなら、同じ微生物の作用であっても最終的に人間にとって有益なものができる場合は発酵と定義され、最終的に悪臭や有害なものが生じる場合は腐敗と呼ばれるからだ。その呼び分けは人為的なもので、呼吸や反応を担う微生物にとって本質的な違いはない。 ◆ ◆ ◆ 生きものの基本原理を知ることが「生物学」ですが、本当に大切なのは専門用語よりも、なぜそうなるのか、どのように決まるのか、ということです。身近な「自分ごと」にひそむ、「なぜ」や「どうして」と、生物学の本質をつなぐトピックを、引き続きご紹介していきます。 次回は、理系の学生悩ますという「エントロピー」と「生命」についての解説をお送りします。 ---------- 大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する ----------
ブルーバックス編集部(科学シリーズ)