『戦場のピアニスト』に『プラトーン』『大いなる陰謀』…様々な視点で描かれる“戦争映画”が伝えるメッセージとは?
KADOKAWA洋画セレクションから『戦場のピアニスト』(02)、『プラトーン』(86)、『大いなる陰謀』(07)のDVD&Blu-rayが本日発売された。それぞれ第二次世界大戦、ベトナム戦争、アフガニスタン戦争を題材にした戦争映画の名作たち。独自の切り口で戦争の悲劇を描き高い評価を獲得した3作品の魅力を改めて振り返ってみたい。 【写真を見る】『戦場のピアニスト』の演技で、史上最年少のアカデミー主演男優賞を獲得した名優エイドリアン・ブロディ ■ユダヤ系ポーランド人のピアニストの実話に基づく『戦場のピアニスト』 ポーランドのピアニストで作曲家、ウワディスワフ・シュピルマンの自伝を映画化した『戦場のピアニスト』。ユダヤ系ポーランド人である彼は、第二次世界大戦の引き金になったドイツ軍によるポーランド侵攻を体験。本作は、ナチスドイツによる反ユダヤ人政策の最初の犠牲者の一人であるシュピルマンがたどった真実の物語である。監督はユダヤ系ポーランド人を父に持ち、幼少時代にゲットー(ユダヤ人隔離地域)暮らしを経験したロマン・ポランスキーで、本作により第75回アカデミー賞ほか主要映画賞の監督賞を総なめにした。 1939年、ワルシャワで暮らすピアニストのシュピルマン(エイドリアン・ブロディ)は、街を占拠したドイツ軍に家財を奪われ、家族と共にゲットーに強制的に移住させられた。自由も命の保証も奪われたゲットーの人々は、やがて貨物列車に詰め込まれ強制収容所へと送られていく。家族を失いひとりゲットーから脱出したシュピルマンは、音楽仲間やレジスタンスの協力でワルシャワ市内で孤独な潜伏生活を始める。 本作で描かれるのは民間人から見た戦争。いつも通りの街角に軍服姿の男たちが増え始め、やがて街は戦場となり、瓦礫の山と化していく…。サスペンスの名手として知られるポランスキーは、主人公の目を通し、ありふれた日常がしだいに狂気に包まれていく様をスリリングに描写。歪められた日常下で横行する差別や暴力の数々は、激しい戦闘が繰り広げられる最前線とはまた違う怖さに満ちている。終盤にドイツ将校がシュピルマンに手を差し伸べる心温まるエピソードもあるが、そのシビアな幕切れにも戦争の厳しさが滲んでいる。 ■最前線で戦う青年の目線で描くベトナム戦争『プラトーン』 監督、脚本家として『7月4日に生まれて』(89)、『ウォール街』(87)、『JFK』(91)などの社会派作を手掛けたオリヴァー・ストーンの代表作『プラトーン』。志願してベトナム戦争に参加した体験に基づく脚本を自ら監督した自伝的な作品で、若き新兵を通して戦場における兵士たちの日常や狂気が描かれる。アメリカの汚点とされるベトナム戦争の闇に正面から挑んだ意欲作で、第59回アカデミー賞ほか多くの映画賞で監督賞や作品賞などに輝いた。 大学を中退し志願兵としてベトナムに降り立ったクリス(チャーリー・シーン)は、戦場でアメリカ兵による虐殺や略奪、強姦が横行していることを知る。さらに彼の小隊では、強権的なバーンズ曹長(トム・ベレンジャー)と人道主義者のエリアス軍曹(ウィレム・デフォー)がいがみ合っていた。ある村でバーンズが見せしめに農婦を射殺し、少女の頭に銃を突きつけたことをエリアスが上層部に報告したのを機に両者は激しく対立。やがてバーンズは戦闘に紛れてエリアスに狙いを定め引き金を引いた。そのことに気づいたクリスはバーンズから目を付けられてしまう。 主人公が所属するのは、音もなく攻めて来るベトコンとの戦いが昼夜となく続く最前線の小隊(プラトーン)。敵と味方の区別すらつかないなかで銃弾が激しく飛び交う戦闘シーンは、まさにカオスだ。取り巻きを引き連れ我が物顔のバーンズと、その暴走を見て見ぬふりをする気弱な上官、疑心暗鬼や恐怖からベトナム人を惨殺する兵士、荒んだ日々を大麻で忘れる兵士たち…極限状態で心を壊された人々の姿を通し、戦争という行為の怖さを改めて思い知らされる。 ■政治家、ジャーナリスト、大学教授の視点が交錯する『大いなる陰謀』 『大いなる陰謀』は、アメリカ同時多発テロをきっかけに始まったアフガニスタン戦争を題材にした社会派ドラマ。監督、製作、主演は『普通の人々』(80)で第53回アカデミー賞監督賞を受賞したロバート・レッドフォード。野心的な政治家と敏腕ジャーナリスト、大学教授とノンポリ学生、戦場に立つ下層階級出身の兵士たちと、3つのドラマを行き来しながら戦争について考える。レッドフォードのほか、メリル・ストリープ、トム・クルーズといった実力派俳優たちの会話によって進展する、異色の戦争映画である。 行き詰まったアフガニスタンの状況を打開するため、軍出身の共和党アーヴィング上院議員(クルーズ)は対テロ戦争の新たな作戦を立案。旧知のジャーナリストであるロス(ストリープ)に、作戦の概要について独占取材を許可した。一方、政治学の教授マレー(レッドフォード)は近ごろ授業に出ないトッド(アンドリュー・ガーフィールド)と面談。政治への関心を失ったという彼に、休学して志願兵となった2人の教え子の話を語り始めた。そのころ、マレーの教え子だったアーネスト(マイケル・ペーニャ)とアーリアン(デレク・ルーク)は、共にアーヴィングの作戦に参加していたが…。 本作で描かれるのは戦争の当事者と、それを伝えるメディア、そして受け取る側の関係性。政治家たちは国民ウケをねらって耳触りのよい言葉でポジティブな面を強調し、情報の質より視聴率を重視するメディアは内容を精査せずに放送、世界情勢に興味のない視聴者はその報道をただ受け流すだけ。そんな悪循環がもたらす悲しき結末が描かれる。監督でマレーを演じたレッドフォードが指し示すのは、戦争という状況にどう向き合うべきかの一つの答。会話劇がメインだが、パズルのピースを一つ一つ埋め込んでいく構成のため、ラストまで緊張感を持ったまま突き進む。紛争、戦争が収まるどころか激化している今日、観ておきたい作品だ。 ■戦争映画が描きだすものとは 人類の誕生以来、絶えることなく続いている戦争をテーマにした作品は、サイレント映画の時代から作られ続けてきた人気ジャンル。サブジャンルも多岐にわたり、『ダンケルク』(17)に代表される再現ものや、『プライベート・ライアン』(98)や『フューリー』(14)など臨場感やリアリティが追求された体感系、『アメリカン・スナイパー』(14)や『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(17)などの伝記映画、『フルメタル・ジャケット』(87)や『トップガン マーヴェリック』(22)といった訓練ものがあり、『イングロリアス・バスターズ』(09)など痛快アクションや『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24)など架空の戦争ものまで加えるときりがない。 おもにエンタテインメントとして製作される戦争映画の目玉は、最前線でのスリリングなミッションや、戦車や戦闘機を動員した激しいバトル。そこでは兵士たちが数十人単位で死にゆく姿が、スペクタクルとして描かれている。しかしたとえ兵士1人でも、命じられるまま戦い死にゆく者の姿を映しだした瞬間、映画はメッセージを訴えだす。婚約者の写真を大切にしていた『プラトーン』の新兵の最期は、あっけなくも強烈な印象を残した。死にゆく兵士だけではなく、危険を承知でシュピルマンを匿った『戦場のピアニスト』の音楽仲間やレジスタンス、結果的に生徒に戦場に向かう決意をさせたことを悔やむ『大いなる陰謀』のマレーもそう。決意を持って戦争にかかわる者たちの姿こそ、戦争映画の意義といえる。 ポランスキーらしい凝った映像を満載した『戦場のピアニスト』、薄暗い戦場シーンが多い『プラトーン』や『大いなる陰謀』は、どれも高精細なBlu-rayでこそ真価が味わえる作品といえる。さらにスタッフや関係者へのインタビュー、メイキング・ドキュメンタリーなど舞台裏を解き明かす映像特典も収録。パッケージならではの映像を通して、これらの作品をさらに深く、多角的に堪能してみてはいかがだろうか。 文/神武団四郎
【関連記事】
- 18作品が7か月連続リリース!「KADOKAWA洋画セレクション」から、4Kレストアでよみがえるアカデミー賞作品賞受賞の名作たちをピックアップ
- 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』アレックス・ガーランド監督×藤井道人監督が対談「ものを書く仕事において“昇進”という概念はない」
- 第97回アカデミー賞はハイレベルの大激戦に!?「第82回ゴールデン・グローブ賞」のノミネートをチェック
- 第81回ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞受賞『ブルータリスト』公開決定!特報も到着
- 「今年のアカデミー賞はホンモノ。まごうことなき傑作」「『良かった』の一言では済ませたくない」「想像を絶する臨場感」『オッペンハイマー』を日本の観客はどう受け止めた?