アルコールに体液に幻覚剤も、古代エジプト人が儀式で飲んでいたことが判明 新研究
古代物質の発見
タナシ氏によれば、研究者が長い間、ベスの容器に興味をそそられてきたのは、この容器がどのように使われてきたのか理解するための文脈がほとんどなく、儀式における役割や、容器に注がれた中身について、仮説を立てることが難しかったためだという。 「全体的にみて、ベスの容器は普通の工芸品ではなく、限られた数しか作られなかった儀式用の品物だった。ベスを崇拝し、ベスを中心とする儀式に参加する人たちだけが入手していた。おそらく、これらの人々は、儀式が実際に行われたことを思い出すために、儀式に使われた後の容器を保管するようになったのだろう」(タナシ氏) タナシ氏と同僚は、古代地中海の栄養学に関する大規模な研究の一環として、ベスの工芸品に焦点を当てて容器の謎に迫った。この容器は1984年に美術館に寄贈されていた。 容器を削り、得られた試料を粉砕して、重なり合った残留物で容器を汚した物質に基づき、レシピを導き出した。 研究チームは、高さ4.5センチメートル、容量125ミリリットルという容器の小ささから、強いアルコールの残留物が見つかるだろうと予想していた。しかし、研究者は、その多様な混合物に驚いた。 検出された物質は四つに分類された。アルコールベース、香料、人間の体液、医薬品および向精神薬の成分だった。 発酵酵母が検出されたことから、ビールかワインをベースに、蜂蜜あるいはローヤルゼリー、ゴマ、マツの実、リコリス、ブドウの風味が加えられていたと考えられている。研究によれば、古代エジプト人は血液に似た飲料を作るのにブドウを使うことが多かった。 体液は、血液や母乳、粘液が混ざり合ったものとみられている。粘液は膣(ちつ)や鼻からのもの、あるいは唾液(だえき)である可能性があり、その濃度から意図的に加えられたと考えられるという。 そして、植物のなかにはニムファエア・カエルレアやペガヌム・ハルマラが含まれていた。これらには幻覚や薬用、酩酊(めいてい)、鎮静といった作用があり、タナシ氏によれば、知覚を変化させ、幻視体験を高める可能性がある。陣痛を誘発することで知られるクレオメという植物も含まれていた。 バン・オッペン氏は「この研究はエジプトにおけるグレコローマン時代の魔術の儀式について教えてくれる」と指摘。専門家は、古代世界では妊娠は危険と隣り合わせだったため、妊娠の成功を確認したいときにベスの部屋を訪れていたと考えているという。そうしたことから、この成分の組み合わせについて、出産という危険な時期に幻を引き起こす魔術の儀式に使われた可能性があるという。 タナシ氏によれば、記録文書や図像学、種子や炭化した植物から得られる考古学的な物証から、エジプト人は植物とそれを摂取することによる副作用に精通していることがわかっている。 タナシ氏は「複雑な調合に驚き、新たな宗教的・呪術的な角度を加えた人間の体液の発見に衝撃を受けた」と述べた。確認された物質によって、おそらく、夢のような幻視や瞑想(めいそう)状態の高まり、多幸感が誘発された可能性があるという。 他のベスの容器の化学サンプルを研究することで、容器が単発的なイベントで使用されたのか、それとも広く行われていた習慣の一部だったのかが明らかになる可能性がある。 研究チームは今後、他の博物館に所蔵されている容器について同様の分析を行い、すべての容器に同じレシピが含まれているのか調べたいと考えている。