地中海渡る移民のボートが弦楽器に 伊スカラ座で「海のオーケストラ」
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【2月25日 AFP】地中海を渡ってくる移民が使ったボートを材料にした弦楽器が、イタリア・ミラノ(Milan)のスカラ座(La Scala)で今月、デビューを飾った。海で命を落とした移民を追悼するためのコンサートで、観客からは大きな拍手が送られた。 北アフリカから海路、欧州を目指す移民が最初にたどり付く、イタリアのランペドゥーザ(Lampedusa)島。この島に打ち上げられたボートからできた「海のバイオリン」はさまざまな色をしている。作ったのは刑務所の受刑者たちだ。 こうしてできた楽器が使われた「海のオーケストラ」は、この公演のために特別に編成された。観客は演奏に耳を傾けながら、感動を隠せない様子だった。 バイオリン作りを手掛けた2人──ミラノ近郊にある厳重警備のオペラ刑務所(Opera Prison)の受刑者──も、バッハとビバルディの楽曲を劇場のロイヤルボックスで聞いた。 「自分たちが作ったものを見るためにスカラ座に招待された。まるで魔法のようだ」。2人を殺害した罪で終身刑を言い渡されたクラウディオ受刑者(42)はそう語った。オペラ刑務所の見習いルシア―(弦楽器職人)4人のうちの1人だ。 ひび割れ、軽油がしみ込んだボートの木材は、本来ならばスクラップヤードへ直行してしまうが、ここでは、バイオリン、ビオラ、そしてチェロとして生まれ変わる。 コンサートを主催した財団「ハウス・オブ・スピリッツ・アンド・アーツ(House of the Spirits and the Arts)」代表、アーノルド・モスカモンダドリ(Arnoldo Mosca Mondadori)氏は、「通常なら捨てられてしまうものにわれわれは声を与える。ぼろぼろになった移民のボート、戦争や貧困から逃れてごみのような扱いを受ける移民、やり直しの機会を与えられない受刑者に」と話す。 同氏は移民のボートから楽器を作るという試みの発案者だ。スカラ座と同じようなコンサートを欧州各地で開催し、楽器の音色を通して「貧困を目の当たりにした魂に触れてもらいたい」と考えている。 ■「海のにおい」 地中海の中央部を渡る移民ルートは、世界で最も危険なルートとなっており、昨年は2498人が死亡もしくは行方不明となった。前年から75%も増加した。 オペラ刑務所の中庭には、ばらばらになったボートや板があちこちに散乱している。 ボートからは、ピンクや白の乳児用の靴や哺乳瓶、おむつ、緑色の小さなTシャツなどが見つかっている。 また、塩まみれになった服、錆びたイワシの缶詰、簡易ライフジャケットなどからは、旅程の厳しさが生々しく伝わってくる。 周りはコンクリート塀に囲まれているが、「海のにおいがする」とアンドレア受刑者は言う。 「はっきりとにおう。嗅いだ人は遠い場所を想像する。においは楽器となった後でもしっかり残っている。もちろん弱まりはするが」 ボートを解体しながら、アンドレア受刑者は楽器に作り変えられそうな木材を吟味していた。 ■「生きていることを実感、役に立っていると思える」 アンドレア受刑者も殺人を犯し、終身刑を言い渡された。木工場での作業は一種の「贖罪(しょくざい)」になっていると話す。 「刑務所では時間が止まっているかのように感じるが、木工所では自分は生きていることを実感するし、役に立っていると思える」 窓に鉄格子がはめられた薄暗い小部屋で、ルーマニア人のニコラエ受刑者(41)が、のこぎりで木を切る作業にいそしんでいた。 2013年から収容されているというニコラエ受刑者は、バイオリンのサウンドボードの削り出し作業を始める前に、慎重に木材の寸法を計測した。 「バイオリンを作ることで、自分が生まれ変わっているように感じる」 ペンナイフやノミ、のこぎり、小型鉋(かんな)などの工具は、壁のパネルに掛けられている。工具は武器ともなり得るため、作業時間の終わりには刑務官が慎重に確認する。 作業台の前に立っていたマスタールシア―のエンリコ・アロート受刑者は、板を曲げる際に16世紀から伝わる技術を使ったと話す。ボートのニスを生かすために必要だったという。 ここにはストラディバリウス(Stradivarius)はない。ここで作られるバイオリンは「もっと、ミュートされた音質だ。それでもそれぞれの楽器の魅力があり、すべての音域を奏でることができる」 「ここで作られる楽器は演奏者の感情を高め、そしてその感情が観客に届くことになる」とアロート受刑者は語った。 映像は8日撮影。(c)AFPBB News