【北海道物産展】今年の推しは『さつまいも』!?温暖化で北海道でも生産量急増中... 大阪「キタ」「ミナミ」の百貨店バイヤー厳選『さつまいもスイーツ』も紹介!
全国初の北海道物産展では「牛の乳しぼり体験」が目玉!?
物産展の歴史を見てみましょう。全国初の物産展が行われたのは明治時代の1917年。呉服屋の三越が、デパートになった後も人を集めるために呉服の催事として開催したのが始まりだそうです。その後、各地方の呉服や織物を集めて即売会をするようになったところから、名産品も一緒に売りましょうとなったということです。ただ、当時はまだ物流が発達していなかったため、工芸品や乾物が主流でした。 戦後の1949年、阪急うめだが山形の物産展を開催します。こけし・将棋の駒・木工品が並んだそうです。 その2年後の1951年、高島屋大阪店が全国初の北海道物産展を開催します。しかし当時は今のようなスイーツもない時代。そこで集客のために行われたのが「牛の乳しぼり体験」。当時の関西の人にとっては「北海道ってどこ?」というほど遠い存在だったため、インパクトを与えるために行われたということです。その後も高島屋大阪店では、1985年にキタキツネ、1990年には羊毛刈りなどの目玉イベントで北海道物産展を広めていきました。当時は鮭をくわえた熊の木彫りや毛皮などを売っていたそうです。
「デパ地下の成功」で物産展も“食”メインに
その後も物産展は進化していきます。物産展が“食”メインになったきっかけは、1990年代~の「デパ地下」の成功です。百貨店はそれまで洋服の販売がメインでしたが、デパートの地下の食品売り場が注目されて「デパ地下」という言葉が生まれました。 マーケティング用語の「噴水効果」で、“まず下の階にお客さまに来てもらい上の階にも行ってもらおう”、そこから「シャワー効果」で“上の階の催しを食品で成功させて下の階に行ってもらおう”ということで、食品中心の物産展になっていったようです。 そこから時は進みさらに進化します。2010年代には北海道物産展で「限定モノ」が増加しました。当初は主に北海道の自治体が主催していたので、どこの百貨店の物産展も同じものを扱っていました。そこで差別化をするため、百貨店主催にして独自のバイヤーが誕生。今やバイヤーが現地のメーカーと相談して、物産展でしか食べられない商品を作ってもらうまでになったのです。
物産展には“お得意様へのおもてなし”という側面も?
実は今回の物産展、高島屋では開催初日の9月25日だけ、開店から2時間遅れの正午から開催しました。そのワケは、最初の2時間は“選ばれしお客さんのみ”だったからです。 百貨店には外商客と言われる“特別な顧客”がいます。外商客は全体の顧客数の1割以下にもかかわらず、売り上げは3割~4割以上を占めている“お得意様”です。物産展などの催事は、売り上げだけでなく、こうした外商客たちへのおもてなしの意味もあるのだそうです。 (2024年9月25日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)