LVMH日本法人の元取締役、伊ブランドへの転職断り東京から単身飛び込んだのは「靴下の一大生産地」
国産品のシェアが1%と言われる繊維製品の中で、靴下は10%程度のシェアを保つだけに思い入れが強い。 ネットに大きな影響力を持つ「インフルエンサー」にはいてもらって、売ったこともある。最近も、支援を続ける会社が新しい女性ブランドをスタートさせた。 「広陵靴下ブランドを世界で認めてもらおうとやってきた。事業者さんの顔色も変わった。あとは、フランスが国を挙げてファッションにてこ入れするように、パブリックの後押しがあっていい」
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高齢の親を気遣い、今月で退職し、東京に戻る。転職先は日本のアパレル会社。初めて日本企業に勤める。奈良での経験から、日本製を大切にしたいとの思いが強まった。 「これだけ多くの経営者と真剣に話し合えたのは、いい機会だった。靴下とはこれからもずっと関わっていく」 日本のもの作りを支援する。ライフワークになった。(指尾喜伸)
こすぎ・かずと
1969年生まれ。東京出身。ふくらはぎが太く、靴下がずり落ちるのが学生時代の悩みだった。原宿で見つけたぴったりの靴下が、実は広陵町製だと奈良に来てから知った。