女優ルー・ドゥ・ラージュ、絶望と再生を寄り添わせた名演『夜明けの祈り』
「クールでありなさい」という演出に応える。役を演じるとはそういうこと
修道女たちと出会い、人生の経験値を上げていくマチルド。この役を演じることは、ルー・ドゥ・ラージュにはどんな体験だったのか? 「マチルドは最初、無宗教で科学的根拠があるもののみを信じている。それが成長していく中で、スピリチュアルな考え方を身につけるようになる。別な言い方をすれば、寛容さが増していくというか。でも私はマチルドを演じただけ。戦時中でもないし、残酷な体験をしたわけでもない。そういう意味では、ただの役だったということです」 役の演じ方にはいろいろなやり方がある。だが、役を経たことでわずかでもなにか澱のように残ったものがあれば、それはどんなものであったのか知りたかった。 「日本で公開された作品に『世界にひとつの金メダル』があります。でもそれを演じたからといって、なにかを得たという感覚ではありません。より多くのことは舞台で経験しているし、もしそういう感覚があるとしたら舞台の方が多いかもしれません。ただ、この役を演じるときに最もフォンテーヌ監督から言われたのは、“シンプルでありなさい。そしてクールでありなさい”ということ。一緒に演じている修道女役の方がものすごくうまいので、つい冷静さを失い、優しくなってしまうことがあって(笑)。役を演じるとはそういうことだと学びました。ヴァンサン(・マケーニュ)が演じた医師サミュエルとのシーンだけは、ほぼ自由に笑うことができ、警戒心を緩めることができたので、演じるにあたり唯一息が抜けるシーンでした」
マチルドのモデルは実在の人物、マドレーヌ・ポーリアック
任務によって出会い、そして別れなければならない、サミュエルとマチルド。マチルドのモデルは実在したマドレーヌ・ポーリアックというフランス内務省の中尉医務官だ。マドレーヌは廃墟となったワルシャワのフランス病院に、チーフドクターとして赴任。医療行為とともに、兵士をはじめとするフランス国籍保持者の捜索、保護、帰国を支援する任務を負っていた。そんな中で目の当たりにする、女性に対する性的暴力の数々。医学的かつ、精神的にも被害者と寄り添ったと言われている。 「サミュエルとマチルドは、いずれは別れなきゃいけないことが分かっている。ヴァンサンとは、厳しい戦時下だからこそ一瞬でも寄り添える人が必要だし、優しさを通わせたいと思ったのではないかと話しました。それがフォンテーヌ監督の作り上げたマチルド像でもあるんですが、対極にあるのは修道院長の補佐役シスター・マリア(アガタ・ブゼク)。彼女の中では、優しさを求める気持ちは過去のものになっている。マチルドは優しさを求めながら、医者として過酷な情況を生き抜こうとする人間像となったと思います」