反汚職を掲げ王族逮捕 急進「改革」進めるサウジがもたらす中東の不安定化
サウジアラビアでは11月4日、汚職の容疑で11人の王族が逮捕されました。これだけの人数の王族が一斉に摘発されることは極めて異例で、この他にも数十人の閣僚や富豪が拘束されたと報じられています。 【地図】「カタール断交」長期化も 中東で新たな戦火が広がる? 昨年の原油生産量は1日あたり約1235万バレル(BP世界エネルギー統計2017)で、サウジアラビアは米国やロシアと世界一を争う世界屈指の産油国。国際的な原油価格に大きな影響力を持つだけでなく、メッカとメディナという二つの聖地を領有する、イスラムとりわけスンニ派の盟主でもあります。 そのサウジアラビアで始まった「反汚職キャンペーン」は、王族内部の権力闘争の表れとみられます。しかし、それは単なる派閥抗争ではなく、サウジアラビアという国家そのもの、さらに中東全域の行方にも大きくかかわるものでもあります。サウジの現状についてまとめます。(国際政治学者・六辻彰二)
32歳ムハンマド皇太子に権力集中
世界屈指の産油国であるサウジアラビアでは、石油収入のほとんどが国庫に納められます。一方、サウジアラビアは1932年の独立以来、イスラムに基づく厳格な支配が敷かれており、国王を中心とする王族が政治、経済を握ってきました。 そのため、数千人に上るサウジ王族の富裕さはけた外れです。今回、逮捕された11人の王族の中には、Twitterの大株主で世界屈指の富豪として知られるワリード王子も含まれます。11人の王族の銀行口座など個人資産は凍結されましたが、その金額は3兆円に上るともいわれます。 反汚職キャンペーンの中心にいるのはムハンマド・ビン・サルマン皇太子。ムハンマド皇太子は一斉摘発が行われた11月4日にサルマン国王によって設立された「汚職対策委員会」の議長でもあります。これにより、ムハンマド皇太子は王族をはじめとする有力者を合法的に排除することが可能になったのです。
ムハンマド皇太子はサルマン国王の息子で、2015年1月のアブドラ前国王の死去に伴う人事で国防長官に就任。ところが、同年4月にサルマン国王が突如、甥にあたるムクリン皇太子を解任し、自らの息子ムハンマドを皇太子に任命。サウジ王室の慣習からみて極めて異例の形でムハンマド皇太子は次期王位継承者となりました。 それ以来、32歳のムハンマド皇太子は81歳と高齢の父サルマン国王に代わって国政を実質的に握り、「サウジアラビアを現代国家にすること」を目標に掲げる改革を相次いで行ってきました。2016年4月には「ビジョン2030」と呼ばれる改革プランを発表。その中には、世界最大の原油輸出量を誇り、総資産10兆ドルとも試算される国営企業サウジ・アラムコの上場と株式5パーセントを売り出す計画のほか、金融、観光、農業など幅広い産業の振興が含まれます。 しかし、異例の皇太子即位や急進的な改革には王族内部でも不満や批判があります。今回の反汚職キャンペーンは、これらの不満を抑え、ムハンマド皇太子に権力を集中させるためのものだったとみられます。逮捕された王子の一人であるムトイブ王子は、王族や聖地の警護を担う国家警備隊の長官でした。国家警備隊は国軍を上回る装備を備えているといわれ、その責任者を抑えたことも、ムハンマド皇太子の権力をより一層強めるものといえるでしょう。