【夏休みだから知っておきたい】子どもの体験は贅沢品ではなく人生の必需品 生まれた環境が影響する「体験格差」とは?
東日本大震災をきっかけにして、チャンス・フォー・チルドレン(東京都墨田区)を設立した今井悠介さん(38歳)。これまで、寄付金を原資にした「スタディクーポン」を、6000人以上(総額13億円超)の経済困窮家庭の子どもに提供し、「学び」を支援してきた。このほど、チャンス・フォー・チルドレンでは、小学生の保護者(全国約2000人)を対象にアンケートを実施し、『体験格差』(講談社現代新書)にまとめた。子どもにとって「体験」は贅沢品ではなく、「必需品」である。その理由について聞いた。 【図表】「体験ゼロ」の子どもの割合
体験より学習という社会通念
私は兵庫県出身で、小学生の時に阪神・淡路大震災を経験しました。この震災がきっかけで立ち上がった子どもを支援するボランティア団体があり、私も大学生の時に参加していました。この団体では、学習支援だけではなく、例えば、遊びに行きたいとか、避難所などでは制限される中で生じる子どもたちのニーズに対応するため、キャンプなどの体験の場をつくることをしてきました。私自身、ここでの活動を通じて、机の上で知識を得ることだけではなく、自分で体験して人と出会って、その中で学んでいくことが、大きいと知りました。 私がチャンス・フォー・チルドレンを立ち上げるきっかけとなった東日本大震災の際、目の前の子どもたちから強いニーズがあったのが学習への支援でした。特に受験生はなおさらです。それこそ150人の枠に1700人以上の応募が来るようなニーズがある中で、子どもたちの学びの支援を開始しました。 それに対して、後回しになってしまうのが、「サッカーをしたい」「音楽をやってみたい」などという体験ニーズです。親に「どうしても今はできないからごめんね」と言われたり、親が頑張っている姿を見ていたりするからこそ、子どもは素直な気持ちを言えず、自分を押し殺してしまう様子が、災害後、進学や学習という切り口から関わっていく中で見えてきました。
人生の糧になった先生の言葉
今回、あらためて「体験格差」の実態を調査した背景にはいくつか理由があります。 まず、経済的な困難を抱えているが、学習意欲の高かった高校生に10年ぶりに出会ったときのことです。彼は高校生の頃から、将来の目標をしっかりと持っていました。それから10年、大学を卒業して社会人となった彼に話を聞くと「自分の原動力は、子ども時代、サッカーの先生の言葉」だと教えてくれました。どのような言葉だったのかと聞くと、「自分がサッカーをできている背景を想像してみなさい」というものでした。 先生にそう言われた彼は中学生の時、あることに気づきました。母親が自分の中学校のジャージのおさがりを着ていたのです。母親は、我慢して、遠征費やスパイクを買い換える費用を出してくれていたことに気づき、それによって、ものの見方が変わったそうです。彼の話を聞いて、あらためて子ども時代の体験や人との出会いが、その後の人生に大きく影響することを感じました。 理由は他にもあります。近年は、子どもの貧困と学習格差という問題に光が当たりはじめ、そのための支援も増えてきました。一方で、子どもの「体験格差」という問題は、置き去りにされたままだという感覚があります。そこで、もう一度、自分たちの原点にかえり、子どもの「体験」を拡充する仕組みをつくりたいと考えました。 ただし、事業をつくっていくだけではなく、子どもの「体験」を後回しにする世の中の価値観や認識にも働きかけをしていく必要もあります。具体的な数字がない状態で「体験格差があります」と伝えるだけでは、課題感が十分に伝わらない。だから、体験格差の実態と、その影響について調査することにしました。 また、調査をした2022年は、コロナ禍が収束に向かっていた時期で、オンラインでは、できないことも見えてきていました。自然に触れる、人と集まって対話をする、社会に触れる、スポーツに触れる、音楽に触れる、そういう体験の機会そのものが減っているし、それが大事だということに多くの人が気づいた時期だと思います。 そして、このタイミングで体験格差に手を打たないと、コロナ禍でできなかった「体験を取り戻そうとする人」と、そもそも「体験をすることができない人」の差が広がってしまうと思いました。 調査結果でまず注目したのは、年収300万円未満の「低所得家庭」の子どものうち、3人に1人が体験ゼロであるということです。われわれとしては、体験を諦めていく子どもたちのケースを見てきたので、体験格差が存在すると思ってはいましたが、それでも「1年間通してゼロ」という子どもが予想以上に多いことに衝撃を受けました。調査範囲には、放課後のスポーツや文化活動とか、休日に動物園に行く、博物館に行くなども含めました。 調査結果で特徴的だったのは、地域のお祭りや行事への参加といった無料の体験でも、格差が存在するということです。お祭りに参加するのは無料ですが、参加してもかき氷や焼きそばを買うことができない。だから余計に行かなくなる。さらに、そもそもこういった地域行事に関わる情報は、地域のつながり、社会関係がないと入手できないため、地域で親子が孤立している場合には参加の機会が得られにくいのです。スポーツ、音楽とか、いわゆる習い事の格差は、分かりやすいですが、こうした実態は見えづらいです。 もう一つの特徴は「体験ゼロ」が、親から子に引き継がれる可能性があることです。親が子ども時代に体験がある場合、子どもの世代に体験がないのは1割程度でしたが、親が子ども時代に体験がゼロの場合、子ども世代に体験がないのは約2人に1人でした。「子どもの時に体験をしたことがない」という保護者さんに、「子どもが体験するための費用補助があったら使ってみたいと思いますか?」と聞くと、「別に思わない」という答えが返ってきます。あるいは、「すぐに役に立つことがしたい」という答えもありました。