『ぼくが生きてる、ふたつの世界』呉美保監督 自分とリンクした、出会いがもたらす心の変化【Director’s Interview Vol.432】
吉沢亮に繋げるルック
Q:主演の吉沢亮さんとは以前からお仕事をしたかったそうですが、吉沢さんのどこに惹かれていたのでしょうか。 呉:こんなにカッコイイ顔のつくりをされているのに、そこに胡座をかいた感じがなく、むしろ様々なことに対して変化球で返している感じがありました。お芝居もそうですが、テレビのちょっとしたトーク番組などでも、想像外の返しをされている。その面白さを感じていました。でもお芝居はきっと真面目な人なんだろうなと。本人はそのバランスに気づいているかどうか分かりませんが、カッコつけていない感じがありつつも、芝居としてはすごく硬派なものになっている。彼のお芝居なのか佇まいなのか、その感じを思わず見続けていました。 今回の役は吉沢さんにピッタリだったと思います。自分の殻を破る術もなく、誰かの話に耳を傾けるわけでもなく、すごく頑なだったティーンエイジャーの頃の感じや、東京で出会う人によって、あっさりとその殻を破られ、自分の小さな世界をいい意味で破壊されていくときの表情など、どれも素晴らしかった。吉沢さんならでは細かな感情表現をしてくださったと思います。 Q:大の子供時代を演じた畠山桃吏くんと加藤庵次くんが吉沢亮さんにとても似ていて、大の子供時代そのままでした。どのように出会われたのでしょうか。 呉:たくさんオーディションをして探しました。ドラマなどを見ていて「大人になったら、全然違うやーん!」と思うのがすごく嫌なんです(笑)。今回、点描で人生を描いていくからには、ルックを吉沢亮にちゃんと繋げたいという思いがありました。お芝居はほとんど初めてみたいな子たちでしたが、その分撮影時間をたくさん設けてもらい、一つ一つ丁寧に何テイクもやってもらいました。
人生が垣間見える演技
Q:母親の明子を演じた忍足亜希子さんは温かい雰囲気がとても良かったです。20代から50代まで年月を経る感じも素晴らしかったですね。 呉:ろう者の役はろう者の俳優にお願いすると決めていました。忍足さんが20代の頃に出演された『アイ・ラヴ・ユー』(99)という作品を拝見したのですが、50代になった忍足さんのお芝居も見てみたかった。それで一度面談させていただきました。劇中、小学生の息子に対して「私は手話がないとあなたと話せないの」という、ろう者としての思いを我が子に伝えるシーンがあるのですが、それを面談のときにやってもらいました。『アイ・ラヴ・ユー』のときの瑞々しさとはまた違う、彼女の生きてきた人生が垣間見れる、すごくふくよかなお芝居を見せていただきました。実際、忍足さんにもお子さんがいますし、本当に優しさに包まれていて嘘っぽくない。ぜひ明子役をお願いしたいと、オファーさせていただきました。 映画の最後の方で、忍足さんがフィーチャーされるシーンがあるのですが、彼女は存在感があり立っているだけでもフォトジェニック。そこに加えて、カメラ目線でしっかりと手話をするシーンが撮れました。手話は目と目を合わせてやる会話なのだと今回改めて知ることができたのですが、その意味でも、息子を見る母親の目を力強く演じてくださいました。忍足さんは、優しさと力強さ、そしてすごく華がある。吉沢さんとの母子という姿もちゃんとフィットしています。すごく映画的なキャスティングをさせてもらえました。 Q:9年間のブランクを経て長編映画作りに戻ってこられましたが、手応えはいかがでしたか。 呉:手応えはまだ分かりませんが、こうして試写が始まり映画の公開に向けて宣伝活動をしていくと、映画を1本完成させられた喜びが実感として伴ってきます。公開して色んな方から様々な意見を聞いて、改めてもっともっと実感できていくのかなと思います。 Q:すでに次の作品が動いていると聞きました。これまで監督してきたように復帰できそうですか。 呉:やっぱり撮影は大変なんです。撮影期間は家のことが出来なくなるので、家族みんなで協力しながらやっていくしかない。それゆえ、自分が本当にやりたいと思うものをちゃんとチョイスして、向き合っていきたいと思います。 監督:呉美保 1977年3月14日、三重県出身。スクリプターとして映画製作者の経歴をスタートさせ、初の長編脚本『酒井家のしあわせ』がサンダンス・NHK 国際映像作家賞を受賞し、2006 年同作で映画監督デビューを果たす。『オカンの嫁入り』(10)で新藤兼人賞金賞を受賞。『そこのみにて光輝く』(14)で、モントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門最優秀監督賞を受賞し、併せて米国アカデミー賞国際長編映画賞日本代表に選出される。続く『きみはいい子』(15)はモスクワ国際映画祭にて最優秀アジア映画賞を受賞。『私たちの声』(23)にて 8 年ぶりに脚本も担当した短編『私の一週間』を監督。本作は9年ぶりの長編作品となる。 取材・文:香田史生 CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。 撮影:青木一成 『ぼくが生きてる、ふたつの世界』 9月20日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開 配給:ギャガ ©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
香田史生
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