デジタル工作機械にペンを握らせて描く「線」。デザイナー深地宏昌が独自の手法で生む小宇宙
伝統工芸職人の手仕事がインスピレーションに
1990年、深地は大阪府に生まれた。幼いころから漫画が好きで、絵を描くことも好きだった。野球やバレーボールなどの部活動でスポーツにも打ち込んだ。高校時代、学ぶならば好きなことをと、絵を描く延長線上にあると思ったデザインを選んだ。 京都工芸繊維大学に入学しデザインを専攻。もともと論理的な考え方を好むという深地。例えばプロダクトデザインにおける素材実験で仮説と検証を繰り返す授業など「いわゆる問題解決としてのデザインというか。僕に合っていましたね」と振り返る。 同大学院に進学すると、ゼミで京都の伝統工芸職人の仕事を見る機会が多くあった。例えば、唐紙や金彩、竹工芸、瓦。深地はそこで、職人の細部にこだわる姿勢と、素材への向き合い方に深い感銘を受ける。 「単に技術だけの世界ではなかった。例えば陶芸だとしたら、素材である土を焼くと現れる、ある種偶発的な現象がありますよね。人間の手技から離れて、自然現象にゆだねたときに現れてくるもの――極められた技術が、素材と向かい合ったときに起きる現象が、美しさをより際立たせている。僕が思う『美しさ』は、そこに近いのかな、と思いました」 その後、試行錯誤を重ねるなか、たまたま研究室にあったプロッターに出合う。「これで描くとどうなるんだろう」と、はじめは遊び半分で試してみたのだという。 「デジタルによる秩序――つまり、完全に決められた線に対して、描いたときにその秩序を外れていくバグのようなものが生まれることがわかりました。紙にペンで描いたときに、紙の質感やインクのかすれ、ムラなどによって、本来なら真っ直ぐ描かれるはずの線が、揺らぐ。そういった偶発的な表現と秩序が相まって、美しく見えると感じました」 そうして、Plotter Drawing最初の作品『JAPAN CRAFT DRAWING』(2015年)が生まれた。
デジタルとフィジカルの良さが融合した、新しい美しさ
Plotter Drawingでの制作を続けて、もうすぐ10年になる。それは実験の歴史でもある。土台となる支持体と、描くための筆材の挑戦と検証を繰り返してきた。 プログラマーの堀川との出会いはPlotter Drawingにとって、ひとつの変化だった。描画を制作するなかで、プログラミングを活用するアプローチを取り入れた。自然物や自然現象の規則性を数理的に読み解き、プログラミングで水の波紋や山脈の形状などを表現する。堀川が開発したツールを使って、深地がグラフィックをデザインした作品も生まれた。 今回の展覧会『Road of Lines“線の足跡”』は、最新作であるSPUR series(シュプールシリーズ)を中心に構成されている。「SPUR」とは、そりやスキーの滑った跡のこと。土台となる紙は水を通さないユポ。深地の手で水彩絵具を紙に敷いてから、プロッターが筆を走らせると、まさにそりが雪を滑った跡のような線が浮かび上がる。水彩絵具はゆっくりと渇き、気泡も含みながら、ぷっくりとした質感を見せる。 この描画は深地のデザインだ。Plotter Drawingの描画デザインは「何を描くか」よりも、素材選びや描き方といった「手法開発」が先にあるという。「SPUR seriesでは、まず筆の動きに合い、筆跡が美しく見える曲線を選びました。そしてデジタルの良さをいかすため、コピーアンドペーストのような連続性を取り入れています。まったく同じ動きっていうのは、人間にはできないですから」 また、土台は紙だけではない。腐食させた銅板を削る手法や、ステンレススチールにペイントマーカーで描く手法、紙にボールペンで描いたあと、そのインクに宿る熱を利用して銀箔を押してつくられた作品もある。 深地にPlotter Drawingの今後の展開を問うと、「基本的には地続きでやっていくことになると思います」としたうえで「プログラミングなど新しいテクノロジーとともに、何ができるかとは考えていて。時代を取り入れて作品をつくっていきたいですね」と語った。 その果てしない実験は、宇宙で星を掴むような途方もないものに思える。そうしてつくられるひとつの作品に向き合って目を凝らしてみると、宇宙が宿っているようにも感じる。 深地は、Plotter Drawingの美しさをこう語る。 「デジタルとフィジカルの良さが融合されているところが、一つ。フィジカルの良さは、目の前にある力強さ、ディスプレイで表現できない解像度です。デジタルは緻密さ、秩序のある美しさ、人智を超えたような表現ができる。それらの両方のいいところが合わさった作品を目指しています。その新しい美しさを見てもらいたいですね」
インタビュー・テキスト by 今川彩香