「56歳なんて洟垂れ小僧でいい」内野聖陽が役者一筋であり続ける理由
人生の選択肢が広がり、ひとつの仕事を続ける人が減りつつある今。そんな時代でもなお、30年以上役者一筋であり続ける男がいる。 【写真】貪欲さを失わない内野聖陽さんの写真を全部見る 俳優・内野聖陽。彼の中にある理由を探れば、仕事も人生も楽しむ貪欲さが隠れていた――。
俳優歴30年、56歳になってもまだまだ満足していない
NHK大河ドラマ『風林火山』(2007年)では泥臭くも力強く生きる男・山本勘助を見事に演じ、その眼力で国民を圧倒したかと思えば、TVドラマ『きのう何食べた?』(2019年)では、同性カップルの主人公の一人、美容師のケンジ役としてかわいいオジサンの振る舞いまで完璧にこなしてしまう。この男、〝内野聖陽〟とは一体何者なのだろうか。 10月25日公開の映画『八犬伝』では年齢を重ねた特殊メイクを施し、浮世絵師の葛飾北斎役に挑戦している。28年もの歳月をかけて『南総里見八犬伝』を書き上げた滝沢馬琴(役所広司)と奇妙な絆で繋がる親友という役どころだ。クランクアップをしたばかりの内野さんは開口一番、熱も冷めやらぬ様子でこう語ってくれた。 「北斎は本当にすごいですね。彼はいくつになっても創作意欲が衰えることがなかった。人間、生きているとさまざまなしがらみがあって、心も老いていく。一方、北斎は晩年になって『ようやく絵がおもしろくなってきた』と言っているんです。死ぬ間際には『もっとうまくなれるのになあ』とこぼしたとか。 こんなふうに生きることはなかなか難しい。私も役者業をしているとセリフ覚えが悪くなったと感じることがありますが、老いてもなお探求心にあふれる彼の生き様には学ぶべきところが山ほどありました。56歳になった今、この役に出会えたことは私の宝です」 内野さんの口から発せられる役者に対する情熱や貪欲さからは、まるでデビューしたての少年のような純粋さが窺える。 1992年、早稲田大学在学中に文学座附属演劇研究所に入所して以来、30年以上役者一筋で生きてきた彼は俳優業の現在地をどのように捉えているのだろうか。 「新しい一万円札の肖像画にもなっている渋沢栄一さんの格言に次のようなものがあります。『四十、五十は洟垂れ小僧 六十、七十は働き盛り』と。私もこの言葉を最近知ったのですが、勇気づけられましたね(笑)。56歳はまだまだ洟垂れ小僧でいいんだと。さすがに、もう役者として自分をひよっこだとは思いませんが、私は自分の役者としての実力にはまだまだ満足していませんので」 仕事にしろ趣味にしろ、何十年もひとつのことを続けることは難しい。内野さんはなぜ俳優業というひとつの仕事を30年以上、一所懸命に続けてこられたのだろうか。理由を問えば、「え、そんなに続けてたんですか(笑)」と冗談交じりに笑みをこぼしながら話してくれた。 「私の場合は演技がもっともっとうまくなりたい、人を魅了する演技をしてみたいという夢が絶えないからですね。一言で言えば〝向上心〟が私に演技を続けさせてくれています」 2009年にTVドラマ『JIN-仁-』で坂本龍馬役を演じるにあたり、竜馬の出身地である高知県へプライベートで何度も通い、現地の人々と酒を酌み交わしながら土佐弁を身に着けたという逸話があるほど役に対してまっすぐに向き合い、役のためなら最善を尽くす労力を厭わない姿勢を彼は貫いている。その結果、内野さんが演じた坂本龍馬が視聴者から好評を得たのは有名な話だ。今作の『八犬伝』においても役に対する熱量は変わらない。 「偉人ということは知っていましたが、北斎のことを調べれば調べるほどおもしろかった。彼が滝沢馬琴のことをどのように感じていたのか、馬琴役の役所広司さんを見て学び、時には相談し合いながら私なりの最高の葛飾北斎を作り上げたつもりです」 いつまでたっても変わらない、この役に対する貪欲さはどこから湧いてくるのだろうか。 「役者は仕事に対して貪欲じゃないといけないし、貪欲にならざるを得ない職業なんですよ。役者は仕事がない時はただの失業者。だからこそ、仕事がある時に全力を注がなければならないんです。役に込めるパワーが大きければ大きいほど成長できる」