障害物や歩行者を回避しながら、視覚障害者をナビゲートするロボット「AIスーツケース」ってどんなもの?
「選択肢を増やすため」に社会に溶け込むサポートツールを開発する
――そもそも、なぜ「AIスーツケース」の開発に至ったのでしょうか? 高木:私たちは以前、スマートフォンを使ったナビゲーションシステムの開発に携わっていました。非常に精度の高いものが出来たのですが、それでも、視覚障害者が白杖を使い、細心の注意を払って周囲を確認しながら歩かなければならない状況は変わりませんでした。 どうすればもっと気軽に視覚障害者が街を歩けるか、議論を重ねていたところ、浅川から「一人で外出するとき、スーツケースを押しながら歩くと便利。壁があればぶつかるし、段差があれば落ちるから、それで気付ける」と聞いて、なるほど、と……。それならば、スーツケースにモーターがついていて、センサーが搭載されていればもっと便利なのではないかという話になりました。 考えてみれば、スーツケースにはいくつも利点があります。持ち歩きやすい形に洗練されていること、中にセンサーなどをたくさん積められること。そして最後に、持ち歩いていても「自然である」ということ。 最後の利点は実は議論が分かれるところです。白杖や盲導犬とは異なり、スーツケースだけだと視覚障害者だと周囲に気付かれない。つまり、社会的に周囲に溶け込めるということです。 ――周囲に溶け込んで気付かれたくない、と考える当事者がいるということでしょうか? 高木:調査した結果、溶け込んで気付かれたくないと思う人と気付いてもらいたいと思う人、両方いることが分かりました。 これまでの日本においては、自身が視覚障害者であることを周囲に対して明確にすることで、サポートをしてもらうという共通認識が定着してきました。例えば、白杖を持っている人が交通量の多い危険な道路を渡ろうとしていたら、誰となく手助けしますよね。特にこのような危険な場面では、視覚障害者であることに気付いてもらいたいと考える人がいます。 このような考えに基づいて、道路交通法では視覚障害者が白杖を持つか、盲導犬を連れて視覚障害者であることが周囲に分かるようにしなければいけないと定めています。 一方で、目立ちたくないと考える人たちも存在しています。周囲からどう見られているのかを気にせずに、まちに溶け込んで自由に歩いてみたい、と考える人たちです。 それならば、私たちがすべきなのは「選択肢を増やすこと」なんだと思うんです。目立ちたくない人が目立たずに移動できる選択肢を提供したいと考えています。 ――「AIスーツケース」は初めての場所でも使えるんですか? 高木:残念ながらそれはまだ実現できていません。現状、「AIスーツケース」が学習していない場所では使えないんです。使用にあたっては事前に周囲の3D形状を測定しておく必要があります。 逆に言うと、それさえしてしまえば問題ありません。例えば未来館の1つのフロアであれば数時間で測定が完了し、基本的な動作ができるようになります。 ただ、あくまでも基本的な動作であって、より精度を高めるためには、他にも情報を用意する必要があります。 1つは経路の情報。通るのに適した経路群を登録しておきます。 そしてもう1つ、周囲に何があるのか、という情報です。例えば、トイレなどのランドマークをいろいろと登録しておくことで、「近くにあるトイレに行きたい」というように音声で検索できるようになります。未来館であれば、展示の解説ができるように少し詳しい情報も登録しています。 これらの情報が揃ってようやく、適切に誘導できるようになるので、やはり初めての場所を走行するのは難しいですね。ただし、研究は重ねています。 ――いずれは初めての場所でも使えるようになるとお考えでしょうか? 高木:はい、実現したいと考えています。最終ゴールは、「視覚障害者が一人で海外旅行できること」なんです。海外の空港に降り立っても、そこでタクシー乗り場まで向かって、ホテルにたどり着ける。そんなシステムを作りたいと思っています。