【書評】スパイ戦争に立ち向かう:北村滋著『外事警察秘録』
斉藤 勝久
「外事警察」は日本への「有害活動」を行い、また安全保障を脅かす外国の情報機関や、日本赤軍など外国に在る日本人の国際テロ組織を調査、追跡し、取り締まる。国の存立と国益を守るため、密かに遂行されているスパイ戦争の実態が明かされた。
初の外事課長の訪朝
外事警察の歴史は古く、日清戦争に勝利した我が国が法令を整備し、治外法権の完全撤廃を達成した1899年に始まる。戦前は、開戦直前に「ゾルゲ事件」を摘発。戦後の外事警察は独立回復の1952年に再出発した。 著者の北村氏は警察庁の外事課長、外事情報部長などを歴任し、前後して第1次安倍内閣の総理秘書官、野田内閣で内閣情報官となり、第2次安倍内閣で留任し、同政権の後半から菅内閣にかけて国家安全保障局長を務めた。「足かけ20年にわたり外事警察、そしてインテリジェンスに携わってきた」 本書は2004年、北朝鮮による拉致問題の第3回日朝実務者協議のため、外事課長として前例のない訪朝から始まる。日本の訪朝団は外務省のアジア太平州局長を団長に総勢約20人、うち警察チーム7人、そのヘッドが北村氏だ。 投宿先と協議会場を兼ねた平壌の近代的なホテルの客室は、なぜか鏡が多かった。協議では、「死亡」と北朝鮮側が回答した横田めぐみさんら8人の消息などに関する質問を突き付けたが、北朝鮮は自らの調査結果について主張を譲らなかった。 協議は難航し、終盤に北朝鮮から渡されたのは、日本側が要求していた「横田めぐみさんの遺骨」という火葬済みの人骨だった。帰国後、持ち帰った「遺骨」の鑑定が行われ、DNA型は一致せず、偽物と判明した。北朝鮮に対する怒りが日本国内に大きなうねりを引き起こすことになっていく。
オウム真理教とロシアの深い関係
1995年3月、オウム真理教が東京の地下鉄でサリンを使った大規模テロを実行した。実は警察内部ではオウム真理教を巡り、刑事警察と、外事警察を含む警備公安警察の間で、捉え方が大きく異なっていた。教祖の麻原彰晃(後に死刑)と家族、教団幹部ら24人がロシアに計120回以上も渡航していたのだ。 「外事警察は、ロシアのような外国との深い関係も視野に入れつつ、クーデターによって国家転覆を目指す組織である可能性に留意して実態解明を進めていた。根拠は、麻原を頂点として省庁制を敷いた擬制国家が、ロシアと武器の入手などで連携しているという事実に基づくものだった。」 教団はサリン事件の2年半前にモスクワ支部を開設し、最終的には旧ソ連地域に6施設、ロシア人信者は公称3万人に膨れ上がっていた。資金のつながりなどを通じて教団は元最高会議議長や国防相らロシア政界や軍部の要人に面識を得ていた。また、ロシア側からはテレビ局の番組枠、ラジオ局の日本向け放送の電波枠を獲得していた。 旧ソ連の国家保安委員会(KGB)やロシア側諜報機関がオウム真理教に極めて協力的で、教団が対ロ接近する窓口は情報機関と関係があるとみられる元駐日公使だった。「調べれば調べるほど、ロシア側はオウム真理教の武装化に協力していることが明らかになった」