秋場所の金字塔に導いたもの ~新大関誕生と貴景勝引退考
貴景勝と大の里の立場
世代交代は着実に進行した。先述のように、元大関貴景勝が秋場所13日目に現役を引退した。175cmの身長ながら気迫の突き、押しを繰り出し、4度の優勝を果たした。初めて実際に取組を見たのはアマチュア時代の2013年夏、長崎県平戸市での全国高校総体(インターハイ)だった。このときから人一倍、気合がほとばしっている姿が印象的だった。2年生の佐藤貴信少年は埼玉栄の一員として団体優勝を経験。チームメートが勝つたびに土俵下で雄たけびを上げ、後ろから監督がまわしをつかんで制することもあった。 忘れられない光景がもう一つある。トーナメント戦の合間、埼玉栄高の山田道紀監督自らが上半身裸になり、佐藤少年にぶつかり稽古で胸を出していたのだ。他に同様のことをしている学校は見受けられず、少し衝撃を受けた。何度も当たりを浴びて胸部を赤くした山田監督。後になって理由を聞くと「気持ちですよ、気持ち。気持ちの面でちょっとね」。監督の目には、本来の力を出し切れていないと映ったのだろう。プロ入り後の三役時代、貴景勝に当時の心境を尋ねると次のように明かした。「昔から気の抜けた相撲を取ってしまうことがありましたから」。恩師との以心伝心を若い年代から体感。湊川親方となって後進を育てる上で、いい指導者になることが期待される。 そういえば秋場所前、大の里に対して師匠の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)が相撲を取る稽古を敢行し、17番手合わせしたことが話題になった。38歳の親方に胸を借りたことに、大の里は感慨を込めた。「この部屋だからできることだと思う。今場所を左右した大きな稽古だった」。これらの事例は、実際に体をぶつけ合って鍛錬を積むことが技術面以外でも深い意義を持つことの証左だ。大の里は今後、下位からの挑戦にしっかり壁になることが求められつつ、横綱を目指す。立場がダイナミックに変化するだけに、真価を問われる。
高村収