秋場所の金字塔に導いたもの ~新大関誕生と貴景勝引退考
壁の厚さとフィーバー度合い
横綱、大関陣は物足りなかった。いくら大の里が大器とはいえ、壁になる存在が見当たらず、あっさり大関昇進に結び付いた感は否めない。千秋楽結びの一番のテレビ中継にも現状が表れていた。8勝6敗の琴桜、7勝7敗の豊昇龍の大関対決。そして秋場所限りで定年の立行司、第38代木村庄之助にとって最後の一番だった。中継では取組前から庄之助がアップになったり、応援グッズを手にする観客が映し出されたりと、主役の扱いでスポットライトが当てられた。本来なら土俵の中心は力士。しかも大関対決は大きな注目を浴びるはずなのに様相が違った。結局、豊昇龍が勝ち、両大関は8勝7敗に終わった。 7月の名古屋場所で10度目の優勝を飾った横綱照ノ富士は糖尿病と両膝の負傷のために全休。三役経験を持つ関取はこう漏らした。「第三者の目で見ると、簡単に大関に上げてはいけないという意見もある」と指摘。照ノ富士は今年、初場所、名古屋場所と2度優勝しているが休場も目立つ。番付社会の前提が崩れては角界の魅力は減ってしまう。日本相撲協会のある幹部は「貴景勝が辞めちゃったし、上位陣がしっかりしないと今後大変なことになるよ」と危機感をあらわにした。 大の里が番付を駆け上がる流れについて、優勝31度の大横綱、千代の富士にだぶらせての待望論がある。千代の富士は軽量ながら最高位に就いたが、起点となったのが関脇時代の1981年初場所千秋楽。14勝1敗からの決定戦で横綱北の湖を破って初優勝し、場所後に大関へ昇進した。決定戦は今でもことあるごとに映像で紹介される有名な一番。日本中に「ウルフフィーバー」が巻き起こったのも、相手の北の湖が〝憎らしいほど強い〟との形容で君臨していたことと無関係ではあるまい。壁が厚ければ厚いほど、打ち破ろうとする者とのせめぎ合いは大きな関心、感動を呼ぶ。若き貴花田(のち横綱貴乃花)が千代の富士を破った一番もしかり。上位が強さを誇ってこそ、次世代の確固たる強化に寄与しやすい。