「お前がやれ」会社で最年少29歳、突然の社長就任 東京進出を進めたら、地元・大阪のベテラン社員が離反 ~日本広告企業前編
◆地元・大阪では反発、退社する社員も
――社長になられていよいよ東京シフトを加速するという段階になったわけですね。 そうなのですが、簡単ではありませんでした。 広告代理業という仕事は取引先との関係など属人化しやすい業務です。 大阪だけではなく東京など別の営業拠点で仕事をしようとすると、属人化した仕事を会社全体のシステムとしてノウハウを蓄積していくことが必須でした。 仕事の進め方を見直し、東京シフトを実行することに苦労しました。 一概にはいえませんが、古い社員は大阪で太い人的ネットワーク持っています。 彼らにしてみれば「新社長はなぜ東京にシフトすると言うのだ。今のままでいいじゃないか」と反発します。 理解してくれる社員も多いのですが、年配の社員の中には退社する者もいました。 社歴の長いものは会社の株も持っていましたので、退社されると外部にステークホルダーを抱えることになります。 会社を変えようとしていましたので、「株を買い取らせてほしい」と交渉せざるをえませんでした。そこでも苦労がありました。
■プロフィール
日本広告企業株式会社 代表取締役 日根野谷裕一 元・大阪市交通広告協同組合理事長、現・理事長、JR西日本大阪広告会理事、京都市交通広告協同組合副理事長、神戸市交通局広告組合副理事長、大阪屋外広告美術協同組合理事・西支部長。1997年、前社長である祖父の勧めから当社に入社し、2004年代表取締役に着任。就任後は関西交通機関に於ける各広告団体、及び屋外広告団体の理事役員を歴任。"広告を通じて社会に貢献する"との想いから、交通機関や街を盛り上げられるようスポンサーや鉄道各社などとミーティングを重ねている。今後は、広告から培った知見を通じた地方活性化や、趣味を通じた自然保護活動にも積極的に参加する予定。
(文・構成/安井孝之)