元代表FW柿谷は、なぜJ2セレッソに凱旋したか?
完全移籍での復帰が発表されたのは1月4日。柿谷を待っていたのは3つのサプライズだった。 まずはチームの陣容。前キャプテンのMF山口蛍こそハノーファーへ移籍したが、玉田圭司、田代有三、橋本英郎、扇原貴宏、関口訓充、茂庭照幸らの代表経験者がそろって残留を決意していた。フロントはさらに、3人の新外国人を含めて積極的な補強を行った。 そして大熊清監督は、キャンプにおける姿勢や立ち居振る舞いのすべてを注視したうえで、開幕直前の2月17日に柿谷へ大役を託した。 「どのような声をかければいいのか。試合の前後にそういう役割があるんですけど、少し恥ずかしいし、モニさん(茂庭)に『頼みます』と言ったこともあります。みんなに支えられながら1年間頑張って、最後は全員が笑って、インタビューで『J1昇格おめでとうございます』と言われるようにしたい」 最後はポジション。移籍前はワントップを主戦場としたが、町田戦で任されたのは4‐4‐2の2列目の右。町田とは初対戦だったこともあり、大熊監督はロングボールを長身FWに当てて、落としたボールを柿谷と新外国人のブルーノ・メネゲウに拾わせる戦法を選択した。 もっとも、対峙した町田の左サイドのプレッシャーが強く、守備に忙殺された柿谷はシュート0本で前半を終える。後半からは4‐2‐3‐1のトップ下へ回ったが、攻撃面での見せ場は数えるほどだった。 実は冒頭で記した「変な注目」の後に、柿谷はこんな言葉を紡いでいる。 「でも、こういうプレッシャーをはねのけてJ1へ上がれるように、何よりも僕自身がこのプレッシャーを力に変えて、ひと皮、ふた皮と剥けていけるようにしたい。勝利だけを意識して戦っていくなかで、必ず僕の得点やアシストが必要になってくるので」 勝利のために心技体のすべてを捧げる姿勢を貫き通した90分間。大熊監督は苦笑いしながら、柿谷をチームの中心にすえた効果を実感した。 「もっとエゴになってもいいと思っていたけど、エゴにならずに周囲をちゃんと使ってもいた。言動にも気を使いながら、献身的なプレーも目立った。僕はいま現在の曜一朗しか知らないけど、前からいる者のなかには驚くのもいますけどね」 骨の髄まで苦労を味わわされたスイスでの日々が、かつては練習への遅刻を繰り返し、徳島ヴォルティスへ武者修行に出されたこともある柿谷をちょっぴり大人に変えたのか。そう思わせた矢先に、柿谷は後半途中に相手選手と激しく接触した左すねをおもむろに指差した。 「めちゃ血が出ましたけど、めちゃ頑張ったとカッコよく書いておいてくださいね」 去り際に浮かべていたのは、悪戯小僧をほうふつとさせる天真爛漫な笑顔。敵地でのシーズン開幕戦がもつ独特の呪縛から、一瞬だけ解放された姿がそこにあった。 (文責・藤江直人/スポーツライター)