奈良美智ロングインタビュー(後編)。願い続けてきたPEACE、旅と場所づくり、アートよりももっと自由な人生を求めて
生き方が自分の作品~ロック喫茶が教えてくれたこと
──展覧会の最後を飾るのがロック喫茶33 1/3の再現でした。やはり、いろいろな意味で原点だったんですね。 2年間だけ店長をした博多出身の女性がいてね。その人は日本中を旅して歩いていて、博多に帰ったらライブハウスをしたいんだって言っていたの。俺は一年しかいなかったけど、弘前を出た一、二年は、みんなの手紙を送ってくれたりして交流が続いて、そのうち音信不通になった。震災があった2011年の秋に、東北を元気づけるためにARABAKI ROCK FEST.が仙台で開催されて、自分もTシャツとかのイメージを提供していたから会場に行ったのね。すると、店長だったその女性がいて、「あれ、恵美さん?」「奈良キャン?」って、再会したの。彼女はCHABOさん(仲井戸麗市)やザ・ストリート・スライダーズらをマネージメントする会社の社長になっていて、もっとびっくりしたのは、弘前の後に彼女が福岡で始めたのが、俺も知ってる 80's FACTORYという伝説のライブハウスだったこと。面白いでしょ? そのとき、地球を一回りして戻ってきたんだなって思ったよ。だからまた会えた。世界ってちっちゃいでしょう? それを機に、CHABOさんが一緒にDJをやろうと言ってくれてたり、いろんなイベントや番組に呼ばれるようになって、震災以降は、ミュージシャンと親密に関わるようになっていった。それは自分がもともとやりたかったことだから、嘘みたいだよ。いまはミュージシャンのほうが友だちが多いよ。 ──音楽イベントでしたライブドローイングの絵も、今回出ているそうですね。 CHABOさんの誕生日のときに、CHABOさんが曲を一曲やるうちに一枚描いていった絵とかね。クレヨンでバーッと描いただけのもので、以前はそういうのは恥ずかしくて絶対に出せなかったけど、いまは躊躇なく平気で出せる。どこかでふっきれて、生き方が自分の作品なんだって思えるようになってから、なんのプレッシャーもなく展示できるようになってきた。 ──肩の力が抜けたんですかね。 自分の何がみんなと違うのか、いろいろわかってきたからかな。いまは、ちょっと上から自分を俯瞰して見ている感じ。 最近、マーケットでの成功がアーティストの成功だと考える風潮があるけど、いかに買ってもらえるかばかりを考えているのは、やっぱり芸術家じゃなくて職業画家だよね。人よりもでっかくて奇抜なものをつくればオーディエンスは注目すると思うけど、それがアートかというと、違うんじゃないのかな。本当のアートはそんな簡単なものではないと思うし。 ──自分軸を貫く奈良さんのような人こそ、芸術家ですね。 俺は芸術家じゃないよ。美術をやっているのは自分の中の半分以下で、いちばんなりたいのは自由な人だもの。 去年の夏に、北海道の洞爺湖で1ヶ月間子供たちと一緒に絵を描いていたんだけど、普通の大人でも、自分のためじゃないのにそんなことやらないでしょう? 夜は制作しようと思って行ったけど、夜には親たちや役場の人まで来て飲み会になるから絵は描けないし、昼間は、子供たちが泳ぐのを保護者のように見守ったり、外で一緒に遊んだりとか。 ──とても楽しそうな夏休みです(笑)。奈良さんはなぜ引き受けたんですか? 正直に言うと、こういうことは俺にしかできないと思ったから。ほかの人があくせく美術の世界でやっているときに、俺は子供たちと遊んでいられる。でも、ちゃんと作品はできるでしょ?っていうプライド。若い頃だったら、自分の時間を無駄にしたくなくてやらなかったと思う。自分はそれくらい大きくなったんだなと思うよ。 ──誰かがその役割を引き受けたほうがいいだろうという使命感もあったんですか? いや、そういうことでもない。ほかの作家とは生きている目的が違うんじゃないかな。俺はただ、自由に楽しく生きたいだけだし、自分が見たことがないものが見てみたいの。オーディエンスを意識している人達は、みんなが見たことがないものをつくって、その反応を見たいと思うんだよね。あるいは、高い山があったら、天辺まで登ろうとするとか。自分は、大きな川を見たら、それがどこから生まれているのかを見たくて上っていって、結果的に湧き水に行き当たる。それは、山の頂上のように最初から見えていて目指せるものじゃないんだよ。 ──まるで吟遊詩人のようですね。その足跡や生き様が結果として作品になる。いまの奈良さんは、表現の枠組み自体を超えていますね。 何が表現かなんて考え始めたら何もできなくなっちゃうから、何も考えない。やりたいことは明日にならないとわからないから、ただ、そのときに思いついたことをするだけ。で、失敗したなと思ったら、早いうちにやめる。よく目標を聞かれるけど、映像を撮りたいとか、どこどこで発表したいと思うことは絶対にない。どれだけそういうところから離れていけるかをいつも考えているから。離れれば離れるほど違うものが見えてきて、そこで生まれるものが、結局またこっちに返ってくるんだよ。 ──フィードバックされるんですね。 そう。オーディエンスを意識しなくても、そういうものに反応する人達がいるから。見て見て!って言わなくても、見に来る人がいる。やっぱり蝶が集まる湿地帯の話と同じだよね。