「追いかける恋」の科学、恋愛を読み解くカギは「希少性」?
今持っているものを失う恐れ
■2. 今持っているものを失う恐れ 希少性の原理は、人が恋愛関係に至るきっかけづくりをするだけにとどまらず、長く続いているパートナーとの関係にも深い影響を及ぼす場合がある。 パートナーが自分と距離を置き始めたり、つれない態度を示したりすると、多くの場合、それをきっかけに「この人を失うかもしれない」という恐れの感情が生じる。この恐れが愛着を増幅し、相手が、より一層かけがえのない存在に感じられる。その結果、関係にしがみついたり、過剰に自己犠牲を払ったりするようになる。さらには、存在しているのかもが怪しい問題を「解決」しようと努めることさえある。 前の項目で紹介した、Sage Openに掲載された研究では、実験参加者に、「タスクを実行する際に、得られる支援を減らす」というかたちで希少性を体験させた。すると参加者は、自らの長所を強調し、短所を過少申告するという反応を見せたという。 このように、「自分は平均より上だ」と自己評価する「平均以上効果」は、自身は力不足であるという感覚や不確実さといった感情に対する心理的な緩衝材となり、これらの感情に対処しやすくする。 恋愛関係において、パートナーとのつながりが危うくなってきたことを察した時には、自分の役割や価値を必要以上に強調することが生じやすいが、その理由はこの効果で説明できる。無意識に長所を強調することで、人は、自分とパートナーの双方に対して、自らが持つ価値をアピールし、つながりを保とうと努めるのだ。 だが、こうしたコーピング機制(ストレスに能動的に対応しようとする動き)は、一時的な気休めを与えてくれるかもしれないが、関係についての認識をゆがめる可能性があり、実際よりも脆弱で危ういものに感じさせるおそれもある。 こうした不安感は、時間が経つにつれて次第に強まり、束縛や、慢性的な自己不信、あるいは安心を絶え間なく求めるなど、不健全な行動パターンにつながることもある。皮肉なことにこうした行動は、当人が必死に守ろうとしている関係を損なってしまうのだ。 ■3. 希少性と自尊感情 希少性の原理は、自己イメージに影響を与えるのに加えて、恋愛関係における自分自身の評価にも影響を与える。愛や注目、好意などを得られる機会がめったにない、あるいは得るために大変な努力を要する、と思い込んだ場合、当事者の自己肯定感は次第にむしばまれていきかねない。 このような「自分には価値がない」という思い込みを持つと、劣等感が永続的なものとして固着し、とても理想的とは言えない関係を耐え忍ぶようになる。希少性は、愛が「努力の末に得られるべきもの」と思い込む悪循環を助長する。 こうした場合に当事者は、心の中で恐れている行動そのものをとってしまうことが多い。つまり、拒絶を避けたい、関係の主導権を握りたいと願うあまり、自分とパートナーのあいだに距離を置くのだ。だが、これは誤った判断だ。 Current Psychologyに掲載された2023年の研究は、希少性の認識が、衝動的な決断につながりやすい理由について調査を行なっている。これによると、衝動的な決断に至る理由には、自己効力感(難しい課題も解決できるという自信)と自制心という2つの大きな要素があるという(これらの要素は、衝動的な決断に至る理由の28%を占めていたという)。 要するに、困難な状況を乗り切る自分の能力に自信が持てない、あるいは、欲求をすぐに満たしたいという衝動になかなか勝てない人は、長期的な利益よりも、短期的な解決策を優先しやすい、ということだ。こうした在り方は、恋愛関係においては、「独り身のつらさを避けるためだけに、良くない関係に身を置き続ける」ことにつながる可能性がある。 こうした悪循環を絶つ上でカギを握るのは、「自分の価値を常に証明しなければならない」というプレッシャーから解放されるよう、自分を愛する気持ちを養い、健全でオープンな関係を重んじることだ。 こうした転換は、自己意識を強めるだけでなく、希少性の束縛を逃れ、より深く意味あるつながりを養うのに役立つはずだ。