「家の屋根だけが見える」 9月中旬の大豪雨からウイーンを守ったドナウ川治水システムの「凄さ」 欧州第二の大河はなぜ洪水を起こさなかったか
軍で働く知人には召集がかかった。土嚢(どのう)積みや救助作業のために、最も被害が大きい地域へ出動した。「ここでは家の屋根だけが見える」と家族に伝えた言葉は、災害の悲惨さを物語っている。 ウィーンでもいよいよ大洪水が起こるかと思われたとき、ドナウ川の水位が基準値を超え、遊水池ノイエドナウの水門が開けられたと発表された。ウィーンを洪水から救う伝家の宝刀が抜かれたのだ。普段は穏やかな深緑色の水をたたえるノイエドナウは、水門開放とともに茶色い濁流となり、轟音とともに流れていく。
雨が小降りになったタイミングで、ドナウ川と水門の状況を確認した。目の前に広がっていたのは、普段とは様変わりした大河だった。川沿いのサイクリング道は完全に水没し、テラスカフェは骨組みだけが残り、倒木がいたるところに転がっている。 ■倒木に交じり流れ着くカボチャ ノイエドナウにかかる橋は、水門開放時に取り外されているが、濁流が橋げたにぶつかってガコンガコンと音を立てている。倒木に交じって無数のカボチャが次々と上流から流れてくる光景は異様で、上流で農業を営む農家の被害を考えると心が痛む。
雨はさらに24時間以上降り続くと予報が出ている。翌日はどこまで水位が上がるのか。自宅にある地下への浸水を覚悟し、地下室から上階にものを運び上げ、停電や断水に備える。 ドナウ川と共に生きて50年という、付近に住む人に話を聞いた。 「ドナウ川があふれると、まずは水門を開放するだろ、それから川沿いのサイクリング道が浸水する。今はこの段階だ。そこから一段高い高速道路が浸水するまでは、まだ慌てなくて大丈夫」
堤防のおかげで決壊はしていないが、よく見るとドナウ川の水位は高速道路より高くなっていた。住民はインフラの安全を信じているのだ。 ■日常を取り戻すドナウ川 雨が4日連続で降り続いた翌日の17日の朝、前日とは一転して青空が見え、日が差したときには、不思議な気分だった。大半の予想に反して、ドナウ川どころか、あれほど氾濫寸前だった市街地のドナウ運河やウィーン川も洪水を起こさず、大災害には発展しなかった。 ドナウ川の水位は3日かけてゆっくりと下がった。ノイエドナウの水門が閉じられ、再び遊水池に戻った。濁流は穏やかな水面に戻り、茶色い水は青空を映している。