ダシが築地の顔になる 新感覚立ち飲みバー「The Dashi stand」昨秋オープン
<情報最前線:ニュースの街から> 2025年はダシが築地の顔になる! 明日5日は、東京・築地場外市場の初売り。新型コロナウイルスの猛威も沈静化したことで、海外からの観光客が押し寄せて多国籍対応エリアになってきている。その中で注目されているのが昨秋オープンした築地4丁目「The Dashi stand」。コーヒーや抹茶のようにスタンドバー感覚で飲んで楽しんでもらう。ダシドリンク初体験の外国人にもなかなか好評のようだ。 ◇ ◇ ◇ 3歳でアンコはダシに恋をした。食の宝庫、東京・築地で主役がダシの「The Dashi stand」を昨秋、オープンさせた。女将(おかみ)の高橋杏子(きょうこ)さんは長野県八ケ岳の山奥で育った。 杏子…“アン”とも読める漢字であることから「アンコ」と周囲からは呼ばれて親しまれてきた。 両親は原村で「ペンション原山荘」を2016年まで経営。雪深くなる冬季はスキー客のたまり場でにぎわった。地元野菜を食材にしていたため、季節に採るものでしか料理はしなかった。 自然にやさしい、無理をしない食事がモットー。素材から煮込むビーフシチュー、ニジマスの冷燻(れいくん)など重視したのは地産地消だった。海のない山の中ではあったが、日高昆布とかつお節で毎日父のつくったダシを口にして、アンコはスクスクと大きくなった。 両親と近所の山でハイキングをした。ダシを水筒に入れて、雪で積もる前の秋のころになると地産きのこ「じこぼう」をつんだ。ダシに入れ、鍋で火にかけて、みそで溶いたものが何よりのごちそうだった。 「今、思い起こすと、この『じこぼう』のみそ汁が理想の飲み物なんですよね」 開いた傘と軸が山吹色の鮮やかなきのこで、山でつんで、火を入れるとコクの深みがみそ汁に浸透していく。3歳の記憶は最強だ。いつまでもこのじこぼう汁を超えるごちそうには出合えていない。 アンコは毎朝9時ごろにダシ作りをする。舌で再現するのはこの3歳の記憶に立ち戻っているという。昆布とかつお節、まぐろ節は繊細だ。グツグツに煮込むとエグみが出て香ばしさと甘さがすっ飛んでしまう。 炊いて熱を入れるだけではダシを引き出すことはできない。昆布やかつお節から「ダシを引く」と表現するが、強引な力わざではなく、優しくノックするように炊き上がる様子を観察して、頃合いをみて火を止める。 おいしいダシには数的データは存在しない。アンコは感覚でダシを引く。かつてダシの引き方を料理教室の講師に教えてもらったが、ピンとはこなかった。 「季節や湿度も関連していると思う。単純に火を入れる時間とかではなく、炊いた中で昆布やかつお節がどう呼吸をしているか…説明は難しくて感覚なんですけどね」 創業77年の歴史を持つ「川邊商店」の使っていなかった通りに面した部分を改築してスタンドにした。川邊商店も改築をして各種の節を削れる自動装置を導入したことで、店内もスッキリした。アンコのスタンドにはかつお節、まぐろ節、さば節を毎朝削りたてをおろしている。 3代目川邊裕之社長(57)は「ダシをおいしく引いてもらって、スタンドで飲んでいただく時代がくるなんて思ってもみなかった。スタンドとの相乗効果もあって、ありがたい」と話す。 さらに1892年(明25)大阪で創業した昆布商「吹田商店」の昆布をつかっている。築地には関東大震災後の築地市場開設に合わせて1927年(昭2)からのれんを出すようになった。北海道の昆布漁師とは開拓地だった蝦夷地のころから交流がある。函館産の「山出し昆布」とは産地の海から山を越えて函館に入荷された昆布から名付けられた函館産の上質な真昆布のことをいう。 アンコのスタンドには山出し、利尻、羅臼など5代目吹田勝良社長(59)から「これ、うまいから使ってみな」とアドバイスをもらいながら丁寧に引いている。 アンコは「塩とかを加えなくても、昆布とかつお節だけでも澄んだ極上のスープが飲める。日本人だけではなく外国人の観光客さんも分かってくれる。ダシに国境はないんですよ」と力を込めた。吹田社長も「奇をてらうのではなく、正直に真面目にダシを引けばいい。それをやってもらっている。ダシは派手じゃないよ。でも心の底から“うまい”と分かってもらえるはず」と言葉に力を込めた。 丁寧に引かれたダシは黄金色に輝いて口の中ではじけてとろける。スタンドでは最高級の「極み」、ドンコ(傘が開く前に干したシイタケ)、まぐろ節などをその日にブレンドした3種はそろえている。ひとくち含めば恋に落ちるダシに会いにきませんか?【寺沢卓】 ▼通常メニューに雑煮「喫茶マコ」 築地には一年中、雑煮を通常メニューとして提供する喫茶店がある。1961年にオープンした「喫茶マコ」。築地でもっとも歴史のある喫茶店で、現在の店主は3代目の中川宗祐さん。先代の女性店主“マコさん”が定番メニューとして雑煮を出していた名残だ。その他にもさまざまな弁当や定食も出せるようにしていたが、モチが常備できる食材として便利だったこともあって自然と雑煮がメニューに残ったという。今も看板には「雑煮、コーヒー」と刻まれている。 中川さんは福岡県出身で、祖母は長崎県生まれ。「ばあちゃんも正月とか関係なく雑煮をつくってくれたから、この店が風変わりだとはちっとも思わなかった」と話す。昨年から休まず5日まで営業していて、いったん中川さんが福岡に帰省して10日から再開する。しばらくは雑煮は海鮮(1600円)でコーヒーとセット料金は2000円。 ▼鳥ダシは「鳥藤」 鳥ダシも元気だ。鶏肉と鴨肉の専門店鳥藤では店頭で、江戸時代から愛された「東京しゃも」で炊き上げる水炊きが販売されている。じっくりコトコトと煮込んで、アクを丁寧に取り除いたきれいな白濁スープ。「鬼平犯科帳」で知られる火付盗賊改役、長谷川平蔵が好んで食したしゃも鍋に通じる。クリスマスや年末年始で買い物客が殺到したこともあって、しばらく休んでいたが、1月中旬にはコクのある水炊きも食べられるようになる。 昨年11月に実施した街バルイベント・築地はしご酒ではこの東京しゃもで炊いたスープでラーメンも出した。おいしいものを作ることに関して「手を抜かない」をモットーとする鈴木昌樹社長は「手間をかけてお客さんに喜んでもらうことがうれしい。今までそうやって育てていただいた。白濁したスープで昆布やかつお節とは見た目は違いますが、ぜひ飲んでいただきたい」と熱を込めて語った。 ▼ブラジルの苦い体験からダシパック「伊藤海苔店」 築地場外の東通りにある伊藤海苔店では、水から炊くダシパックが人気商品になっている。伊藤信吾代表(40)には苦い思い出がある。海外生活をしていた時期があって、そのときに同居していたブラジル人家族の女性が煮込み料理を作ってくれると張り切っていたという。結果、ダシの引き方が分からずにしょう油をドバドバと入れてしまったという。あまりのまずさに厳しい言葉をかけて号泣された。ダシについて細かく説明しなくても簡単に調理できる何かをずっと探していた。出合えた商品が「うまみあじだし」だったという。 ▼スペインから発信、国際戦略「和田久」 今年でちょうど創業100年を迎える和田久もダシの国際戦略を練っている。スペイン在住の和田■幸(さちゆき)CEO(55)は「日本人だけがダシのことが分かっているなんてことはない。欧州でドライトマトもあるし、ブイヨンという文化もある。ダシへの親和性は深くて濃いんだと思いますね」と話す。 鹿児島・枕崎産のかつお節本枯にこだわる社風は欧州では順調に理解が広がっていると確信を持って語る。和田氏は「スペインに住民届も出して根を下ろした実績が出始めてきた。欧州で約15年、現地の職人も育ってきている。可能性は広がっています」とダシの伸びしろに期待を込めた。 ※■=示ヘンに右 ▼「ダシスタンド」課題は後継者 大きく飛躍しようとしている“アンコダシ”だが、今後の課題はアンコの感覚を技術面で再生できる後継者育成だ。アンコは「身を粉にしてできるだけストックを作っていく。ただ、私も体はひとつなので、昆布とかつお節などの肌触りを理解できる人材を育てなくてはいけないですね」と腕組みをした。 国内だけではなく海外も含めた支店展開も模索しているが「まずはコーヒー感覚でダシを気軽に飲んでいただくことに慣れてもらいたいですね」と語った。飲めるダシの種類は、「極(きわみ)」(羅臼昆布、かつお節枕崎産×指宿産、サバ節)「壱番ダシ」3種=「利尻昆布(礼文島香深産)、まぐろ節」「利尻昆布、かつお節」「羅臼昆布、ドンコ」。ダシと相性のよい日本酒もあって、ダシをつまみに酒を飲むメニューもある。 朝は午前9時オープン。飲むダシ以外ではつぶあんと合わせた「だしるこ」も新商品に加えた。夜は午後11時まで立ち飲みバーに転換し、ダシで炊いたおでんも楽しめる。正月は5日9時から営業で、この日は桃色のお餅の雑煮の別メニューあり。