【第1回】森口将之の「もびり亭」にようこそ:クルマとモビリティはどこがどう違うのか
『モビリティ』はモノではなくコト
2018年にトヨタが、カーメーカーからモビリティカンパニーになると宣言したあたりから、自動車会社がモビリティという言葉を使うシーンが多くなってきました。昨年は長らく東京モーターショーと呼ばれ親しまれてきたイベントも、ジャパンモビリティショーに看板を掛け替えました。 モビリティジャーナリストという肩書きでも仕事をしている身としては、仲間が増えているような感じがして喜ばしいと思う一方、モビリティという言葉の意味を本当に理解しているのか気になることもあります。 モビリティとはクルマや飛行機や船などのモノを指す言葉ではありません。辞書を調べると「移動可能性」となっています。つまりどれだけ人間を移動しやすくするかという、コトを示す言葉なのです。 もちろんクルマや自転車や公共交通は、モビリティを実現するツールとして欠かせません。でもコトにするには、それを使ったモビリティサービスにする必要があります。サービスだからこそ、多くの人が苦労なく、多大な出費もなく、環境への負荷もなく使える内容であることが理想です。 今の日本はクルマがあれば、移動はそれほど不自由ではないと思っている人は多いでしょう。多くの人がマイカーを手にしており、走る場所も整備されています。ところが移動という視点で見ると、今の日本は課題が多くなりつつあります。
今後はクルマ以外の移動手段も必須
東京などへの一極集中によって地方の人口減少が進み、鉄道やバス、タクシーの運営が難しくなっています。近年も北海道を中心に、いくつかの鉄道路線の廃止が現実になっています。 運転士不足という課題もあります。とりわけ路線バスについては、東京23区内でも減便や路線廃止が出てきています。タクシーではドライバーの高齢化が深刻で、夜間の運転を控えたいと申し出るドライバーがいるそうです。 とはいえこうした事例を見て、クルマ移動の比率をさらに高めていこうとするのは、社会的にはあってならないことだと考えるのです。 この夏の台風10号が、本土上陸直前まで勢力が衰えず、広範囲に暴風雨をもたらしたことが象徴しているように、日本でも海水温上昇などを原因とする気候変動が現れてきており、カーボンニュートラルは喫緊の課題になりつつあります。 日本のCO2排出量の2割弱は運輸部門、そのうち85%以上は自動車から排出されています。地球環境を考えるなら、クルマ自体の対策はもちろん、クルマに過度に依存しない社会を構築していくことも大切なのです。 それに世の中にはクルマを持たない、持てない人がいることを忘れてはいけません。18歳未満の未成年は運転ができないし、経済的な理由でマイカーの所有が難しい人もいます。海外を含めた遠方からの観光客も、公共交通などでの移動になります。 加えて東京池袋での高齢ドライバー暴走事故を契機に、高齢者の運転免許返納が増えています。こうした人たちに、クルマに代わる移動手段を用意することは、社会の責務と言えるでしょう。