なぜ五輪5連覇を狙う伊調は川井に敗れたのか?そして東京五輪切符に関わるプレーオフの行方は?
そして3回目のパッシブを審判から宣告された伊調は、30秒間のアクティビティタイムから攻撃するよう指定される。このとき伊調が試合の流れを「読み間違えた」ことが、多くの人が「試合の転換点」と指摘する4失点へつながったと前出の小林氏は分析する。 「審判に攻撃を指定されたとき、わずか1点とはいえ川井選手がリードしていたこともあり、伊調選手は川井選手が“攻めてこない”と読んでいたと思われます。自分が攻めると気持ちを切り替える瞬間はどうしても隙ができるのですが、その不用意に見せてしまった隙のタイミングで、川井選手はタックルをしてきた。伊調選手から見れば読みが外れた、川井選手にとってみれば、少し前のタックルを防がれても恐れず千載一遇のチャンスを逃さなかったという結果になりました」 このときの川井のタックルは、脚をしっかりつかんだ見事なものだった。 「伊調選手が、あのように脚をまっすぐにとられるのは珍しい」と小林氏も驚きを隠せない。 5-0と川井が大きくリードした時点で、試合時間は残り2分を切っていた。だが、ここから、伊調が怒濤の攻撃を見せる。試合終了後、敗れたにもかかわらず「5点差からあの攻撃ができる伊調馨はやはり凄い」という声が関係者で埋まる客席からも上がったほどだ。 まず川井のタックルを利用してバックポイントの2点をとり、タックルに入ろうとする相手を右手で押し返し、そこから姿勢を立て直す隙を見逃さず頭と脚を押さえて場外へ出して1点。後ろに下がり守勢にこだわった川井に逃避の警告が審判から言い渡されて1点。試合時間が残り数秒の時点で、得点は5-4と1点差に追いつめていた。そして、低い姿勢から脚をつかみにいく伊調が後退する川井を場外へ出した瞬間、試合終了の笛が鳴った。
場外へ押し出したのが試合時間内だったのではないかと、伊調側のセコンドから再審査を求めるチャレンジが訴えられたが、ビデオ判定の結果、時間切れだったことが確定。チャレンジ失敗の1点が川井に加わり、6-4で伊調の敗戦が確定した。 「試合終盤の展開を、試合の初めからやっていれば伊調選手の試合になったと思います。あれこそ、本来の伊調選手の攻め方ですよね。どこに試合の山をつくるかという試合の組み立て方について今回は川井選手が成功して、伊調選手が失敗したということです」と小林氏は言う。 敗れた伊調が緊張した顔のまま表彰式にのぞむのは当然だが、川井も試合後に勝利した喜びをにじみ出させてはいたものの、次の試合が待っていることもあるのだろう、どこか硬さを残した表情のまま表彰台に上がっていた。それほど、試合終盤の伊調の攻撃は、川井に衝撃を与えたのかもしれない。他階級でプレーオフに駒を進めた選手の多くが、どこか晴れ晴れとした表情をしていたのとは、一線を画していた。 1勝1敗で迎える注目のプレーオフを制するのはどちらなのか? 「試合をしてみないとわからない」 プレーオフはどんな試合になりそうか、という予想を誰に聞いても、関係者からは、そういう答えばかりが返ってくる。 小林氏も「この二人は、同じ事を繰り返すほど、お互いに御しやすい選手ではありませんから、次の対戦はどうなるか分からないです」という意見だ。 プレーオフで勝利し日本代表の座を手にして2019年世界選手権でメダルを獲得すれば、そこで2020年東京五輪出場が内定する。伊調と川井、どちらが出場しても世界チャンピオン最有力なだけに、代表決定プレーオフが事実上の“五輪代表予選”と見られている。 (文責・横森綾/スポーツライター)