福島第1原子力発電所からのALPS処理水海洋放出-その正確な理解に向けて-
日本が負っている国際義務は何か
もとより、いずれの国家も海洋環境を保全する義務を負っていることに異論はない。 ALPS処理水の海洋放出についても、これを規制する国際法はある。まず、国連海洋法条約(UNCLOS)は海洋環境保護に関する様々な一般的な義務を規定している(192条)。これに続いて、海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置をとる義務や、環境影響評価を行う義務等が規定されているが、これらのために国家がとるべき具体的な措置やその基準の設定は各国の裁量に委ねられている。 その際、その裁量は無制約ではなく、国際的に法的な非難を浴びることのないよう、国際的な権威のある専門機関が定める基準に合致する措置を定めることになるが、今回のような海洋放出であれば、IAEAが設定している安全基準や指針がこのような基準に該当することになる。今回は、ALPS処理水がIAEAの基準に合致していることや、放出の手続についても安全性が確保されていることがIAEAの調査でも証明済みであり、問題になることはない。
地道な外交努力こそ
2023年の第1回海洋放出後の9月末~10月初旬にかけて開催されたロンドン議定書各種会合では、やはり韓国、中国、グリーンピースインターナショナルが従前の抗議と同内容の見解を述べた。 このような状況の下で、ロンドン議定書の事務局は、非公式であると念を押した上でIAEAによる調査報告の機会を会期中に設けた。この報告と日本の発言は多くの国に支持され、多くの政府代表が「日本の透明性のある報告とIAEAの調査結果を全面的に信用する」との発言をし、最終的には前年まで韓国等の意見に同調していた国々までもが次々に日本への支持を表明するに至った。 とりわけ米国政府は、この問題は科学的な見地から判断しなければならず、IAEAの調査結果を踏まえれば、日本の報告に全幅の信頼を持つことが当然であると強く述べた。 この論争は、おそらく放出が行われている間は繰り返されるかもしれない。しかしながら、地道な日本の外交努力は国際社会の支持を得ており、筆者はその瞬間を目の当たりにしたのであった。
【Profile】
岡松 暁子 法政大学人間環境学部教授(国際法)。お茶の水女子大学附属高等学校、上智大学法学部を経て、同大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。国立環境研究所にてポスドクフェロー、ハーバードロースクール、ケンブリッジ大学、ウィーン大学にて客員研究員を歴任。環境省参与、参議院外交防衛委員会調査室客員調査員、ロンドン議定書遵守グループ委員(2022年~副議長)他。主な著作に、「国際原子力機関の保障措置」(志學社、2017年)、「放射性廃棄物の処分を巡る国際枠組み」(日本エネルギー法研究所、2022年)、「ロンドン条約・議定書と福島原発「ALPS処理水」問題」(『外交』2023年)など。