福島第1原子力発電所からのALPS処理水海洋放出-その正確な理解に向けて-
ロンドン議定書遵守グループおよび締約国会合における論争
ところで、この問題は、わが国政府が海洋放出に言及するようになった2019年頃から既に、ロンドン議定書遵守グループ会合(筆者が委員を務める)や同締約国会合において、韓国やグリーンピースインターナショナル等により安全性への懸念が示されたり、抗議がなされたりしてきた。韓国については、一時、国際海洋法裁判所への提訴も検討しているとの報道も見られた。海洋放出という基本方針が決定されると、議論はさらに激しさを増した。 そもそも、このロンドン議定書は、「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(以下、ロンドン条約)を強化するために締結されたもので、海洋投棄による海洋汚染を防止するために、廃棄物の船舶・航空機・人口海洋構造物からの海洋投棄および洋上焼却を原則として禁止する国際条約である。遵守グループ会合や締約国会合において、韓国、中国、グリーンピースインターナショナルが主張したのは、第1に、議定書の2条が、「締約国は…汚染のすべての発生源から(from all sources of pollution)海洋環境を保護し、及び保全し」と規定しており、ALPS処理水の海洋放出はこれに違反する、第2に、ALPS処理水に含まれるトリチウムは、通常の操業によるものではなく事故によって発生したものである、ということであった。はたしてこれらの主張は妥当かどうかが問題となる。 第1の点については、議定書は船舶等からの投棄を規制する条約であり、陸上からパイプラインを経由して行われる放出は規制していない。このような議論を受けて、ロンドン条約及びロンドン議定書事務局(国際海事機関:IMOに置かれている)は、海洋放出のロンドン議定書上の法的位置付けについて、2022年に「法的助言」を出すに至ったが、そこにおいても、パイプラインは「人工海洋構築物」に該当せず、パイプラインを経由した廃棄物の投棄は本議定書の規制対象外と述べられている。 第2のトリチウムを含む液体放射性廃棄物の取扱いについては、日本のみならず原発等を有する国に共通する事項であり、各国の原発事業者は国際放射線防護委員会の基準に基づき策定された排出基準に従ってトリチウム水を排出しており、本件のみについて条約違反を問う法的根拠はない。