福島第1原子力発電所からのALPS処理水海洋放出-その正確な理解に向けて-
岡松 暁子
2023年8月に始まった福島第1原子力発電所のALPS処理水の放出後、中国は日本産水産物の全面的輸入禁止措置を取るなど、対日批判を強めている。24年2月下旬には4回目の放出が予定されており、24年度も約5万4600万トンを7回に分けて放出する計画だ。放出が行われている間、一部の国・地域からの批判にさらされることになるが、地道な外交努力を続けていくことが肝要である。
ALPS処理水の海洋放出は果たして問題なのか
2023年8月24日から18日間に渡り、東京電力福島第1原子力発電所から1回目の多核種除去設備等処理水(ALPS処理水)の海洋放出が行われた。その後、同10月5日より18日間、同11月2日から18日間と、同様にALPS処理水が放出された。 ALPS処理水は福島第1原発の事故処理や廃炉作業において発生し、敷地内のタンクで保管しているものである。汚染水の発生は今なお継続しているためにタンクによる貯蔵は限界に達しつつあり、政府は2021年4月13日に、海洋放出の方針を決定した。 ALPS処理水は、セシウム吸着装置と多核種除去設備(ALPS)によりトリチウム以外の62種類の放射性物質を法令に定められた基準を満たすレベルにまで浄化処理したものである。海洋放出の際には、規制基準を厳格に遵守するのみならず、風評被害を最大限に抑制するため、トリチウムを除く核種の告示濃度限度比総和が1未満になるまで二次処理を実施し、その後大量の海水で100倍以上に希釈している。 これは、規制基準の1/40、世界保健機構(WHO)飲料水基準の1/7の水準である。なお、トリチウムは自然界にも広く存在し、飲料水などを通じて人間の体内にも取り込まれるが、排泄され、特定の生物や臓器に濃縮されることはない。 放出に先立ち、2022年に原子力分野の専門機関である国際原子力機関(IAEA)が処理水安全レビューおよび規制レビューを実施し、ALPS処理水の安全性、規制プロセスの妥当性、処理水のサンプリング分析結果についての報告書を公表した。 報告書では、ALPS処理水放出関連設備の設計と運用手順には的確に予防措置が講じられており、ALPS処理水の放射性物質の分析に関しては東京電力が高水準の測定に関する技術的能力を有することが証明された。 さらにIAEAのグロッシ事務局長も、放出は国際基準に完全に適合した形で実施され、環境にいかなる害も与えることはないと確認できる、と明言した。 放出中および放出後もモニタリングは定期的に行われており、現在のところトリチウム濃度は全て検出下限値未満(7~8Bq/L未満)であって、人や環境への影響がないことが確認されている。 また、放出後最初のIAEAによる検証報告書が2024年1月30日に公表され、そこでは、安全性に関して「国際安全基準の要求と合致しない点は確認されなかった」としている。なお、来日して調査を行ったIAEAの調査チームは、中国・韓国の出身者を含む国際専門家で構成されていた。 ところが、放出開始後、中国は日本産の全ての水産品の輸入を停止し、また、中国からの発信と思われる海洋放出についての苦情の電話や嫌がらせが日本国内において多数発生した。また香港やマカオも、10都県産の水産品または生鮮食品等の輸入禁止措置をとった。実体的にも手続的にも上記のとおり問題のない海洋放出に対して、このような措置がとられることに対し、わが国は関係各所に反論や申し入れを行っている。