出社回帰で増える喫煙所難民 近隣の苦情放置すれば企業にリスク
「ビルの大きさに対して十分な喫煙スペースを確保できているでしょうか」。2023年末、日本たばこ産業(JT)はある大手不動産管理会社からこんな相談を持ち掛けられた。 【関連画像】英ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)のオーラルたばこ「VELO」は公式通販サイトでは約300円で販売されている(写真=BAT提供) この会社が管理する東京都中央区のオフィスビルでは24年夏に大規模リニューアルを予定していた。ビルの利用者が快適に過ごせるよう共用施設の見直しを進めていたところ、冒頭の疑問が生じたという。屋内には各入居企業向けの喫煙所があったものの、屋外は小規模な共用喫煙所が1カ所あるだけで、喫煙できるのも加熱式たばこに限定されていたからだ。 JTが入居企業の社員数や世代別喫煙率などから喫煙所の利用者数を推計したところ、リニューアル後は混雑が予測されると分かった。JTのアドバイスを受けて管理会社は屋内の共用喫煙所を新たに設置。この対策のおかげで、リニューアルから数カ月経過した現在でも喫煙所不足によるトラブルを防ぐことができている。 これはJTが03年から取り組む「分煙コンサルティング活動」の実例だ。喫煙所などに関する企業の相談に応えるもので、全国の営業担当者を中心に約200人がコンサルタントとして働く。分煙文化の普及を目的とするため費用は無償で、20年間の累計で約4万7000件の相談に応じた。 ●法改正で喫煙所の閉鎖が進む 近年、喫煙所に関して悩みを抱える企業が増えている。きっかけは20年4月に施行された改正健康増進法だ。受動喫煙対策が義務化され、違反者には罰金が科せられるようになった。オフィスビルなどの屋内は原則禁煙となり、喫煙所を設置する場合も「非喫煙所から喫煙所へ向かう空気の流れが毎秒0.2メートル以上であること」などの条件が付けられた。 施行された当初は新型コロナウイルス禍でテレワークが盛んだったこともあり、大きな問題にはならなかった。それどころか働き方改革でオフィスを縮小する動きも相まって、むしろ喫煙所を閉鎖するケースが少なくなかった。法改正で基準を満たさなくなった喫煙所の多くは、物置などに転用されている。 状況が変わったのは、テレワーク中心の働き方から出社中心に戻す企業が増え始めた23年末ごろからだ。喫煙所が減少傾向だったところに出社回帰が重なり、混雑の問題が一気に表面化した。都内のメーカーに勤める30代の男性は「3分のたばこ休憩のために20分並ぶことも少なくない」とため息をつく。たばこを吸わない人でも喫煙所前の大行列を目にしたことはあるだろう。 この状況を放置すれば、喫煙所からあふれた社員が想定外の場所でたばこを吸うリスクが高まる。無関係なマンションの駐車場で社員たちが喫煙し、管理者が企業にクレームをつけるなどの問題が実際に起こっている。 この現象はたばこを吸わない人や、オフィスの周囲の関係者や住人にとっては迷惑以外のなにものでもない。あるIT(情報技術)企業A社の近くの公衆喫煙所では、同社社員がごった返したことで「ここはA社専用ではありません」と張り紙が出たほどだ。放置すれば企業のイメージダウンにもつながりかねない。また、社員が喫煙所を求めて長時間さまよい歩くようでは、生産性にも影響し職場のモラルダウンも引き起こしかねない。 そうした危機感を覚えた企業担当者が、駆け込み寺的にJTなどの専門家を頼り始めている。