『地面師たち』のNetflix、新鉱脈は生配信 ホットドッグ早食いの小林尊からマイク・タイソンまで
「一緒に見るという魔法」への期待
ネットフリックスのような動画配信サービスは視聴する時間や場所、端末を問わない柔軟性を武器に成長した経緯があり、ライブ配信への傾倒は奇妙に見えるかもしれない。だが、テッド・サランドス共同最高経営責任者(CEO)は「居間のテレビの前に皆が集まって同じ番組を一緒に見る行為には、魔法のような素晴らしさがある」と説明する。娯楽の選択肢が増えて人々の好みが分散していく中で、一度に大きな注目と熱狂を生み出せる「貴重な機会」としてライブ番組を捉えているのだ。 ライブ番組の「王様」と言えば、米プロフットボールNFLのようなメジャースポーツだろう。米娯楽業界誌バラエティーの分析によると、23年に視聴者数の多かった米テレビ番組(注:配信番組は含まない)トップ100のうち56はスポーツ番組だった。約1億1500万人が視聴した「スーパーボウル」を筆頭にNFLの試合が大半を占めており、ネットフリックスも24年のクリスマスに催されるNFLの2試合を配信する契約を結んでいる。 とはいえ、固定ファンの視聴と広告収入を見込みやすいメジャースポーツの放映権を得るのは容易ではない。英調査会社スポーツビジネスによると、世界のスポーツ放映権の合計額は23年に約560億ドルとなり、前年比2.4%増えた。米アマゾン・ドット・コムや米アップルといった巨大テクノロジー企業の参入でマネーゲームの様相が強まっており、「メジャースポーツのシーズン全体を配信して利益を出すのは非常に難しい」とサランドス氏は言う。 そこで新たな鉱脈として探っているのが、ホットドッグ早食い対決のような発掘・企画型のスポーツイベントや、以前からネットフリックスが注力してきたドキュメンタリー作品との相乗効果を狙える催しのライブ配信だ。同社でスポーツ番組制作を統括するバイスプレジデントのゲイブ・スピッツァー氏は日経ビジネスなどとの取材で「コアなスポーツファンだけでなく、新しいファンを引き付けることを常に目指している」と強調した。 小林とチェスナットによる対決では、両氏を取り上げた米ESPNのドキュメンタリー『30 for 30: The Good, The Bad, The Hungry』の制作に携わった人材がネットフリックスの社内にいたことが企画のきっかけになったという。2人の選手に接触してそれぞれの考えを聞きながら、1年以上かけて折衝を重ねることで実現にこぎ着けた。 リストラや再編が続く米メディア業界では現状、ネットフリックスは「勝ち組」と見られている。大手各社の配信ビジネスの損益の合算値を上回る額の利益を1社で稼いでいるためだ。だが、ここ2年ほどの成長は広告付きプランの導入やアカウントの使い回しに対する取り締まりの成果が大きい。 こうした施策が一巡した後も事業を伸ばし続けるには多様な番組が欠かせず、ライブ配信はその突破口として期待を集めている。スピッツァー氏は「(取り組みは)始まったばかりで、歩いたり、走ったりする前の赤ん坊がハイハイしているような状態だ」と慎重さを見せつつ、「我々には試行錯誤する力がある」と自信ものぞかせた。 『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の配信から10年余りたった今、日本でもネットフリックスのドラマが日常的に話題に上るようになり、テレビ局などとの間での人材移動も増えてきた。スピッツァー氏は「米国だけでなく、世界中の人々を興奮させるものは何かと考えている」と明かす。じわりと広がり始めた同社のライブ配信が『地面師たち』のように日本に刺激を与える日も、遠くはないかもしれない。
佐藤 浩実