組織づくりの「アート」「クラフト」「サイエンス」とは
■組織づくりの「アート」「クラフト」「サイエンス」 意思決定、戦略形成、マネジメントなど、組織で重要なことの多くは、「アート」と「クラフト」(技)と「サイエンス」の3要素の関係という視点で説明できる。アートは、洞察力とビジョンと直感に基づくもので、アイデアが土台。クラフトは、実務的で現実的で関与重視の性格が強く、経験が土台。サイエンスは、事実と分析を重んじ、エビデンスが土台になっている。本章では、この3つの要素が意思決定、戦略形成、マネジメントでどのような役割を果たしているのかを論じるが、その前に、3要素に照らしてあなた自身がどのような人間なのかを考えてみよう。 あなたは三角形のどこに位置する? 図表3-1は、さまざまな言葉をリストアップして並べたものである。組織コンサルタントのビバリー・パットウェルと私は、人々が自分自身とまわりの人たちのアート志向、クラフト志向、サイエンス志向の度合いを把握する手立てとして、これを作成した。 表のそれぞれの横列に記された3つの言葉のなかから、自分を―マネジャーとしての自分でもいいし、人間としての自分でもいい―最もよく表現していると思うものをひとつ選ぶ(紙の本であれば鉛筆で丸をつければいいし、電子書籍であればハイライトすればいい)。1列につきひとつだけ選んでほしい。最初に頭に浮かんだものを選ぼう。10個の言葉を選び終わったら、それぞれの縦の段ごとに、選んだ言葉の数を集計する。 表の左の段はアート(A)、中央の段はクラフト(C)、右の段はサイエンス(S)に対応している。図表3-2の三角形を見て、アートの段の点数に応じてA0~A10のなかから線を1本選ぼう。続いて、クラフトの段の点数に応じてC0~C10のなかから線を1本選ぶ。この2本の線が交わる場所(図左上の例で言えば、A7とC2が交わる点)を通るSの線は、サイエンスの段の点数に対応しているはずだ。点数の合計が10と決まっている以上、おのずとそうなる(この例の場合、サイエンスの線はS=1となる)。この3本の線が交わる場所は、あなたが自分のアート志向、クラフト志向、サイエンス志向の度合いをどのように認識しているかをあらわしている(特定の要素に強く傾斜している場合もあれば、2つもしくは3つの要素の間でバランスが取れている場合もあるだろう)。 ただし、これはあくまでもあなたの自己認識だ。ほかの人たちの見方は違うかもしれない。自分自身で検討するとしても、現在とは異なる職に就いていたり、夢見ていたような人生を送れていたりすれば、結果は違っていたかもしれない。また、チームや家族の全員が自分自身とほかのメンバーについてこの作業をおこない、その結果を比べてみると、いろいろなことが見えてくるかもしれない。あとで述べるように、大半の組織にはあらゆるタイプの人がいるが、ある種の組織では、あるひとつの傾向をもった人たちが圧倒的に多い場合もある。たとえば、広告代理店ではアート志向の強い人、企業のエンジニアリング部門ではクラフト志向の強い人、会計事務所ではサイエンス志向の強い人が多いかもしれない。 ■意思決定──アートとクラフトとサイエンス 意思決定は、「考えること」を意味する場合ばかりではない。それは、「見ること」や「行動すること」である場合もある。サイエンス志向の強い人は、まず考えることから出発し、アート志向の強い人は、まず見ることから出発し、クラフト志向の強い人は、まず行動することから出発する場合が多い。 誰もが知ってのとおり、意思決定は、以下のプロセスで進むというのが定説のようになっている。まず、問題の設定と診断をおこない、その問題に対処するためのいくつかの方策を発見もしくは創出し、それぞれの方策に評価をくだし、最善のものを選び取る……というプロセスである。意思決定をこうした単純なプロセスと考えている人は、人生で最も重要と言っても過言ではない意思決定について考えてみてほしい。 その意思決定とは、結婚相手選びである。果たして、あなたは(既婚者であれば)次のようなプロセスで結婚相手を決めただろうか。(未婚であれば)そのようなプロセスで結婚相手を決めたいだろうか。それはこんなプロセスだ。まず、聡明さや美貌、真面目さなど、相手に求める資質を洗い出し、次に、候補者をリストアップし、要求する資質に照らして候補者のひとりひとりに評価をくだし、そのうえで、評価を総合して結婚相手を決定し、あとは、選ばれた幸運な人物に決定を言い渡す―。 これは、「まず考えることから出発する」アプローチと言える。理にかなっているように見えるかもしれないが、結婚相手選びにせよ、それ以外のことにせよ、このやり方がうまくいく場合ばかりではない。この方法で結婚相手を決めようとすれば、いつまでも結婚できないだろう。「えっ? 私を結婚相手に選んだ? あなたが長々と考えている間に、こっちはもう結婚して、子どもも生まれたんだけど」と言われるのがオチだ。 結婚相手選びでもっと一般的なのは、「まず見ることから出発する」アプローチだろう。そう、ひと目惚れだ。町を歩いていて角を曲がると、そこで目に入った人が特別な相手だとひらめく。このアプローチは、ほとんどの人が考えている以上に、組織でもよく見られる。採用プロセスでも、第一印象で決まっている場合が少なくない。 「まず行動することから出発する」アプローチも、一般に考えられているよりよく見られる。結婚相手選びの場合、それが具体的にどのような順序をたどるかは、読者のみなさんの想像にお任せしよう(アート寄りの人なら、十分に想像力を発揮できるだろう)。ここで私が指摘したいのは、私たちは考えてから行動する以上に、行動してから考える場合が多いということだ。私たちはしばしば、どのように前に進むべきかわからないとき、とりあえずなにかやってみたり、誰かに会ってみたりして、小さな一歩を踏み出し、うまくいけば、もっと大きな一歩を踏み出す。もしその小さな一歩がうまくいかなければ、ほかの方法を試す。それもうまくいかなければ、また別のことを試みる。こうして、うまくいくやり方が見つかるまで試し続ける。そして、見つかった方法をより大々的に実行するのだ。 ほとんどの組織では、以上の3つのアプローチすべてが実践されている。ただし、このうちのいずれかがとくに好まれていたり、ときには過剰に好まれていたりする場合もある。以前、こんな言葉を聞いたことがある。保険数理士は、会計士になっていても不思議でなかったけれど、会計士ですら刺激が多すぎると感じる人の就く職だ、というものだ。一方、刺激がたっぷりある環境を好む人にとっては、広告代理店が打ってつけかもしれない。では、「まず行動することから出発する」アプローチが過剰になるケースは? 意思決定論の研究者であるテリー・コノリーはこう述べている。「核戦争と子育てに関する意思決定では、『小さく始めて、様子を見る』戦略はとうていふさわしくない!」
ヘンリー・ミンツバーグ