「ヒップホップ・ジャパンの時代」──Vol.9 村上隆 x YZERR
日本が世界に誇る現代美術家の村上隆。個展『村上隆 もののけ 京都』をきっかけに、JP THE WAVYとのコラボユニットを始動するなど、日本のヒップホップに高い関心を示している。そんな村上隆が対談相手に指名したのは、2024年2月にBAD HOPを解散し、近年は起業家としても注目が集まるYZERR。 【写真の記事を読む】日本のヒップホップ・シーンの盛り上がりを伝える不定期連載。第9回は、JP THE WAVYとのHIPHOPユニット結成も話題の村上隆と惜しまれながら解散したBAD HOPの頭脳・YZERRの対談が実現! 取材当日、「緊張して夜中の2時に起きちゃったよ」と、冗談とも本気とも取れる表情でやってきた村上隆とYZERRの対談は、日本のヒップホップをいかにビジネスとして成功させるかという興味深い内容となった。
ゲームのビジネスとヒップホップのメディアを掛け合わせる
村上 なんか、ラップはもうやめちゃったと聞いたんですけど。 YZERR そうですね、完全にやめたわけじゃないんですぐに引退するとかではないんですけど一旦ちょっとやりたいことがあって。 村上 何をやるんですか? YZERR 今はヒップホップの裏方みたいなことをやっていることが多くて。僕自身がアーティストして、ラッパーとしてやるよりも一回裏方に回って、もっとでかくするための準備を整えたほうが早いなっていうのと。あとは、会社も何個か経営しているので、そういうことをやろうと思っています。 村上 なんか、メタバース系のこともやってるんですよね? YZERR ゲームをつくってます。村上さんもやられてたと思うんですけど、NFTのような仮想通貨が使えるプラットフォームがあっても、ゲームとかがないと発展しないと思っていて。大好きな技術なんで、それを実現させるためにはつくる側に回らないとダメだなって。 村上 どうやってクリエイターを集めているんですか? YZERR 最初はツテがなかったので、イベント会場に顔出して。一応、アーティストが来たってことで、eスポーツのゲーマーたちとも繋がれて。そのイベントに何回も顔を出して、一年くらいかけて一番腕のいいエンジニアをスカウトして、いまゲームとアプリ含めて15名ほどですね。 村上 えっ、15人も?! それは地元でやっていらっしゃるんですか。 YZERR 東京です。もう2年くらい開発してて、テスト段階に入ってるんで来年の4月くらいまでにはリリースできる予定です。 村上 そうなんですねぇ。 YZERR 今度、新しくメディア(FORCE MAGAZINE ™️)をやるんですけど。ゲームのビジネスとヒップホップのメディアを掛け合わせることにとって、かなりでかい会社になると思ってて。 村上 その話、なんかすごいっすね。 YZERR ヒップホップのビジネスで、そこまでしようとしているのはたぶん僕しかいないと思うんです。そういうチャンスをいただけたというか、気づけたので。まだ受けてはいないですけど、かなりの人数の投資家とも話しました。 村上 素晴らしいですね。 日本人はジェントルマン過ぎる YZERR いやいやいや。村上さんは、普段プライベートはありますか? 村上 自宅に、週に1回帰ってます。あとはずっとスタジオで寝起きしています。32歳でデビューして、ルイ·ヴィトンとコラボしたのが40歳くらい。食えるようになったのは、45歳くらいからです。なので貧乏が長過ぎて、仕事していないと不安です。 YZERR 20代の頃は何をされてたんですか? 村上 美大受験校の講師や、クラブなんかのデザインの仕事をしていました。バブル時代だったので、あの頃は随分儲かりました。でも、YZERRさんみたいにストラクチャー(業界の仕組み)に気づくこともなくて、「将来どうすりゃいいんだ」って感じでした。 YZERR いや、世界中のアーティストに賞賛されていてすごいですよ。 村上 ちなみに、先ほどのプラットフォームは世界に広げていくような感じですか? YZERR そういうものがリスト化できると、例えば海外のアーティストが日本でライブがしたいって時もすぐ対応してあげられるし、何かいいモノをつくったとき、それを彼らにスムーズにプレゼントできる。海外で戦略を練ろうとなったときにそういうものがあるとすぐに出来るなって思ったんです。よく日本でライブをしたいって有名なアーティストから連絡をもらいますから。 村上 YZERRさんは武闘派だから大丈夫だと思いますよ。海外では詐欺師も多いので(笑)。日本はジェントルマン過ぎるんで。 YZERR えっ、いろんな世界を見られてきてそう思うんですか? 村上 日本人がお人好し過ぎるんです。喧嘩上等で乗り込んでいってちょうど良い。 YZERR そういう経験があるんですか? 村上 毎日、日本とアメリカの弁護士の方と話してます。 YZERR そうなんですね。ということは、誰もが一度は経験することなんですね。 村上 アメリカで仕事をしていると、植民地主義や移民の歴史によって、各コミュニティ、人種のかたまりのリアリティに出会います。その中での日本人は、何をすべきなのか?を考えざるを得ないですね。 YZERR 日本だとあまり経験しないですよね。 村上 そうですね。契約は、もう大丈夫だと思った最後にドンデン返しがあるので、気が抜けません。プロジェクトのフィーと同じくらいの額、弁護士に取られるのは当たり前です。 YZERR うわぁ・・・。 村上 負けたくなければ、弁護士費用はケチってはダメですね。 YZERR すごい話ですね。 アーティストもM&AやIPOをする思想を持つべき YZERR 最近はWAVY(JP THE WAVY)くんとの楽曲とかもやられていますよね。 村上 はい、もうメチャクチャ勉強させてもらっています。WAVYさんとそのチーム、ものすごく優しくて本当に感謝しています。その中で音楽業界の収益構造を学んだんですけど、複雑怪奇ですねぇ。 YZERR 僕の場合は、レーベルにもレコード会社にも所属してなくて全部自分たちでやるんで。ライブも会場をおさえる交渉からやります。本来の音楽業界の構造は、権利のパーセントがすごく低いんですけど。 村上 そうなんですねぇ。でもすごく面白い世界だなぁと思いました。 YZERR なんか、日本での音楽ビジネスは正直ほぼコンプリートしたなと思っているんです。 村上 コンプリートって、すごいですね。 YZERR アーティストを見ていてもったいないと思うのが、会社に価値を付けようとしないんですよね。いつまでも、自分に価値を付けようとする。例えば、ドームツアーをやりましたというよりも、avexみたいな会社がつくれましたのほうが利益が大きい。 なので、M&AするとかIPOするみたいな思想を、そもそもアーティストが持っていたほうがいい。そこが盲点で、次のステージに行けないというのはあると思います。 僕はアーティスト以外の仕事もしているので、全然違う視点で行ったほうがいいなと思っていて。ヒップホップをいろいろ詰め込んだ会社をやろうと思ってるんです。もうあと少しで、それくらいでかいビジネスになるんです。 村上 avexの松浦さんが、絶頂の頃に年商300億円と言ってたんですよね。「日本のエンタメでそれくらい稼げるんだぁ」って数字で覚えてたんですけど。そのぐらいの規模ですか? YZERR 全然、いけますね。「ヒップホップビジネスのみで営業利益数十億円を目指しましょう」と言ったら、数年かけたらできることですね。 村上 羨ましいです。 YZERR 僕たちの場合、今まで自分たちでやってきたんで。何にお金がかかって、何がいくら儲かるか全部把握しているので、それを徹底的にこすり続ければいいだけなんで。 日本のヒップホップは、今の数十倍はデカくなる YZERR 今の日本のヒップホップが始まった流れって、「高校生ラップ選手権」(第一回は2012年7月)からなんです。もちろんその前からあったんですけど、今のカタチのヒップホップ業界は、そこがゼロの状態なんです。そのとき僕は15歳でしたけど、全国からラップをやっている高校生を8名集めようとしたけど、8人もいなかったんですよ。 その時期、ZEEBRAさんがたまたま僕が任されて運営していた地元のクラブに来て。 村上 15歳はとんでもないですね! YZERR やってたんです(笑)。それで、ZEEBRAさんから「稼いでいるラッパーって何人いると思う?」って聞かれて。挙げてくれたのが片手で数えるほどだったんですよ。そのときに、「こんなゲームにお前たちを参加させてしまってごめん。稼げないのは俺たちに責任があるよな」って言われて。それを今でも言葉として覚えていて・・・。 「厳しい世界なんだな」と入ってみたら、思っていた以上に厳しくて。結局は、皆さん他の業界に行っちゃうんですよ、稼げないから。僕はまだ若くて情熱を持っていたので、そんときはガムシャラに売れることだけを考えてましたけど。今は「ここで頑張ろう、耕そう」って思うんですよね。 村上 ホント、スゴイですねぇ。 YZERR 18か19歳のとき、ZEEBRAさんの会社に入って。そのときから何故かプランを考える才能が少しあって、今後2年間のスケジュールを渡したんですよ。全部細かく書いて、「これをやれば2年後に武道館に行けませんか?」って。そうしたら大人の人はみんな難しいんじゃないかって。なぜなら、20代で武道館でライブしたラッパーなんていない状況だったから。 まだ何もヒット曲もない子が、「武道館には行けないだろう」って。お金のかかる規模も皆さん知っていたので、にわかに信用できないと。でも、「どうにかやらせてください」って言ったら、「自分たちで実現したらいいんじゃないか?」って後押ししてくれたんです。 そこから2年後に独立して、当初のプラン通りに仲間と協力しあったら2年後に武道館に立てたんです。たまたまじゃなくて、計画通りにやったんですよね。その後のコロナだけは読めなかったですけど。 村上 実行力、行動力が半端ないですね。 YZERR 日本のアーティストが今後世界に行く、行けるのかはわからないですけど。日本のヒップホップが今の数十倍デカくなるというのは、僕の読みなんです。ドームツアーをやるようなアーティストが、たくさん出てくる可能性は高いと思っていて。それでも、とんでもない富を掴みにいける人は、一握りだと思っていて。 YZERR だから自分は一旦音楽とビジネスを両立して、そこに集中して、デカくして、日本のヒップホップでもう一個上のステージをつくれたらなって。アメリカのラッパーも、みんなアーティストとして成功しながら、ビジネスで富を得たと思うので。音楽ビジネスだけで得たわけではないので、そうなっていきたいなと思って。 村上 YZERRさんのアタマの中の宇宙は広大ですねぇ。 YZERR いやいや(笑)。 村上 最初、収益は日本で生むお考えなんですか? YZERR 本にして、デカいお金ができたら、海外の会社を色々と買っていくと思いますね。あとはそこに商品を送り込む。あとはどうその商品をつくるかっていうこと。 村上 かつて武道館に行くためにプログラムをつくったように、そっちでも2年後、3年後のプログラムをつくっていらっしゃるんですねぇ。 YZERR もう完璧に。あとはコロナみたいのがなければ。でも、ゲームとかは「当たってくれたら嬉しいな」っていうくらいで、勝てない可能性のほうが高いです。そういう「当たらないかもしれないモノ」も何個か用意してます。「確実に当たるな」ってものは押さえてあるんで、それを元手にする感じですね。 村上 クリエイティヴやって、「確実」って言えるのがすごいです。 YZERR ほんとっすか? 村上 確実に当たること、思いつきたいです。 日本語のヒップホップが世界で一番かっこいい YZERR 村上さんは、なんでヒップホップというか、音楽ビジネスに興味を持たれたんですか? 村上 ズバリ、BAD HOPと舐達磨のビーフと抗争のストーリーでハマりました。YouTubeで色々見て、怒髪天で頭に血が上りました!そこからの曲の応酬がクリエイティヴで最高でした!そこからです! ほぼ同じ時期に、子どものダンス発表会でWAVYくんの「Pick N Choose」を聴いたとき、「これは世界のオリジンになってる」と、大感動したりして。で、WAVYさんに声掛けさせてもらいました。 YZERR へぇー。 村上 正直、日本は環境的に今、世界一素晴らしいので。 YZERR そうですよね。 村上 パンデミックで世界中の人が引き篭もって、その中でオンラインゲームやNetflixで日本のゲーム、アニメを一日中、世界中の人が見ちゃったと思います。つまり世界が日本化しちゃったんです。 YZERR これから音楽もビジネス的にやっていくんですか? 村上 WAVYくんと1曲関わらせてもらっただけですので、考えていません。音楽と映像はやっぱり「夢商売」っていうか。だから、YZERRさんみたいに勝ち筋が見えた人しか勝てない商売だと思います。 YZERR ロマンみたいな感じですよね。 村上 でも、YZERRさんはもう見えているわけじゃないですか。ここでこういう風な手を打てば、これだけの利益があってとか。僕は常にフラフラ迷っています。NFTアートやったり、色んなコラボ案件をやって来ましたが、今も音楽とか映像は夢の世界ですね。 YZERR 素晴らしいですよ。ちなみに、これまで大金を稼がれて何に使われたんですか? 村上 稼げてませんよ。しかも、半分税金ですから。シューっとなくなりました。 YZERR えっ、どういうことですか? 村上 消えちゃいますねぇ。クリエイティブにやっていると、みんなの期待に応えて、カニエみたいになっちゃうと思うんですよね。夢商売はなかなか難しいなと思って見てました。 YZERR あー。 村上 芸術の世界だと、美術館のシステムが準備してくれてる中でのエンタメなので、興奮度が低くなっちゃいますねぇ。音楽は興奮度が半端ない、そこが羨ましいです。そしてYZERRさんが言うには、ヒップホップがもっと大きくなるという。 日本のヒップホップは投資対象ですよ、って YZERR そうですね。ヒップホップってカルチャーだと思うんですね。だから、裏方のビジネス目線で喋っちゃうと、音楽以外にもっとチャンスがあるんです。例えば、不動産とかとも相性がいい。どういうことかと言うと、日本はヒップホップのカルチャーが少ない国。僕たちがリアルタイムで聴いている音楽がそもそも街で流れてないし、クラブに行っても流れていない。クラブ文化も東京においてはそこまで栄えていないということもあって。 だから、みんな欲している。そのときに、僕たちがひとつのデカい土地を買ってヒップホップに特化した街をつくって、200人くらいが週末に遊びに来れますと。そんな事を前にNASに呼んでいただいてミーティングしていた時に話したら、「それ俺がやりたかった事だよ!超クレイジーだねって」結局国は違えど皆んな考える事一緒なんだなって。 村上 お若いのにすごいです。 YZERR ビル一棟、まるごとヒップホップのほうが収益性高いんじゃないの? とか。そういう感じで、音楽以外のことも複数あって、本来はそれをとっていくべきだと思うんです。そんな会社をたくさん作って売却したら、すごいお金になるかもしれないですね。 村上 うわぁ、そのときは絵を買ってください(笑) YZERR このゲームはまだ始まったばかりなんで(笑)。誰がとっていくかというゲームなんです。 村上 でも、それはYZERRさんしかまだ知らない世界ですよねぇ。 YZERR もちろん。だから共有しているんです。日本のヒップホップはあと数十倍になるんで、投資対象ですよって。 村上 天才と言われている理由がわかりました。たくさん勉強させてもらいました。ありがとうございました。 村上隆 1962年生まれ、東京都出身。93年、東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。2001年、有限会社カイカイキキ設立。05年『リトルボーイ展』(ジャパン・ソサエティ、NY)にて全米評論家連盟ベストキュレーション賞受賞。16年、文化庁「第66回芸術選奨」文部科学大臣賞受賞。京都市京セラ美術館『村上隆 もののけ 京都』の来場者は46万人を突破し、同館の動員記録を更新した。 YZERR 1995年生まれ、神奈川出身。2014年、中学時代に地元の同級生と結成したヒップホップクルー「BAD HOP」でコンピレーションアルバム『BAD HOP ERA』をリリース、24年2月のツアーファイナルで解散、引退し起業家としての道を歩む。
写真・阿部裕介 @ YARD 文・富山英三郎 スタイリストCHERRY(村上) ヘアメイク・野田芽依(YZERR)