「陸上総隊」創設はなぜ必要だったか ポイントは指揮系統
陸上自衛隊に今年3月、新しく「陸上総隊」という組織が誕生しました。陸上総隊は、全国に5つある各地域の方面隊を統括し、一元的に部隊を運用することが目的です。司令部は朝霞駐屯地(東京都練馬区、埼玉県朝霞市など)に置かれ、この指揮の下、迅速で効率的な部隊の展開を目指すといいます。しかし、なぜ今になって陸上総隊が発足することになったのでしょうか。元航空自衛隊幹部の数多久遠氏に解説してもらいました。 【写真】2018年 米国は北朝鮮を攻撃する? “第3の道”はあるのか?
陸自隊員が従う必要があるのは誰の指揮か
「なぜ陸上総隊が必要なのか?」という疑問に答える前に、多くの方が抱いている誤解を解いておく必要があるでしょう。 最初にクイズです。 Q:自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣ですが、陸上自衛官の中で最高位の指揮官は誰でしょうか? 何らかの回答をする方の多くは、陸上幕僚長と答えるでしょう。制服組トップである統合幕僚長が陸上自衛官なら統合幕僚長と答える人もいるかもしれません。階級章を見ても、陸幕長は四つ星、陸上総隊司令官や各方面総監は三つ星で、陸幕長の方が”エライ”のですから、この回答は当然と言えば当然です。 しかし、この回答が「誤り」であるからこそ、陸上総隊が必要とされました。 一般の方は、自衛隊(および各国の軍隊)では、エライ人の命令に絶対的に服従しなければならないと考えているでしょう。 しかし、従うべきは指揮官の命令であり、指揮関係のない階級上位者からの命令(この場合は、そもそも“命令”でさえありません)に対しては、その人の階級がいかに高くとも、従う必要はありません。 陸上自衛隊に関する指揮官を、上位から書き連ねると、陸上総隊発足以前は、次の通りでした。 (1)内閣総理大臣 (2)防衛大臣 (3)各方面総監等 問題なのは、(3)が複数存在するということです。また、海上自衛隊、航空自衛隊も存在するため、(2)の防衛大臣は多くの対象に命令を発する必要がありました。 ただし、海上自衛隊と航空自衛隊は、実際に戦闘を行う部隊が、それぞれ自衛艦隊、航空総隊のみであるため、防衛大臣は、海上自衛隊の戦闘については「自衛艦隊」司令官に、航空自衛隊の戦闘については「航空総隊」司令官に命じるだけでOKです。 陸上自衛隊の戦闘についてのみ、「北部方面総監」「東北方面総監」「東部方面総監」「中部方面総監」「西部方面総監」の5人に命令を出さなければなりません。 命令の対象数が、ちょっと増えるだけだろと思うかもしれませんが、これが大きな障害になることもあり得ます。例えば、沖縄に多数の敵戦力が侵攻し、西部方面隊や第一空挺団、水陸機動団と言った部隊を投入しても、さらに戦力の増強を図る必要があった場合、各方面隊から戦力を抽出する必要性が出てきます。 この際、2つのプランがあったとしましょう。 【Aプラン】:戦車を中心とした強力な打撃力を投入するため、北部方面隊から機甲部隊を沖縄に送り、手薄となる北の守りを補強するため東北方面隊から北部方面隊に普通科部隊を補充するプラン。投入される戦力は強力となるが、輸送の負担が大きく時間もかかるため、戦力投入が遅きに失する可能性がある。 【Bプラン】:戦力投入を急ぐ観点から、東北方面隊から普通科部隊を投入する。迅速な戦力投入が可能な反面、十分な打撃力にならない可能性がある。 Aプラン、Bプランともに利不利があり、どちらが良いか一概に言えないような場合です。 こうしたケースにおいて、北部方面総監と東北方面総監の意見が異なるということは往々にして起こり得ます。北部方面総監はAプランを推し、東北方面総監がBプランを推した場合、命令を発する防衛相としても迷ってしまうことになります。 もちろん、実際には陸上幕僚長が防衛相をフォローするのですが、両方面総監の意見対立が、戦力移動にマイナス影響を与えるということが起こり得ます。Aプランが採用された際に、機甲部隊の移動に東北方面総監が積極的に協力せず、足を引っ張るということが起こり得るということです。 こうした対立があったとしても、陸上総隊が存在し、陸上自衛隊の部隊運用について熟知した一人の陸上総隊司令官が存在すれば、両方面総監に命令を下し、意見対立があっても強制的に従わせることが容易になります。 また、統合運用が必要とされている現代において、「海」「空」が戦闘部隊を1人の指揮官が指揮しているにもかかわらず、「陸」だけ5人の方面総監が存在するというのは、実際の部隊運用においてかなりの煩雑さを生んでいます。 例えば、朝鮮半島の情勢が悪化し、北朝鮮から多数の難民、それも偽装難民を含む難民が船で押し寄せてくる場合を想定すると、海と空から船舶を監視・対処する海自と空自は、自衛艦隊司令官、航空総隊司令官、それぞれ1人が調整すればOKですが、上陸してしまいそうな船が存在した場合、陸自だけは5人の方面総監と調整しなければなりません。 陸上総隊が存在し、各方面総監を指揮下に置いていれば、こうした問題は解決されます。これが、陸上総隊が必要とされた理由です。 さらに、導入が決まっている地上配備型の新たな迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」については、陸上自衛隊が運用する予定ですが、陸上総隊がなければ、部隊は防衛相の直轄部隊にせざるを得なかったでしょう。そうなると、やはり弾道弾防衛を行う航空総隊司令官、自衛艦隊司令官との調整でも不都合が生じたと思われます。