「陸上総隊」創設はなぜ必要だったか ポイントは指揮系統
屋上屋を重ねる? 統合は「有事」のみ
最後に、陸上総隊の課題に触れておかなければなりません。 陸上総隊創設の話が出始めた当初から、屋上屋を重ねるだけとなるのではないか、要は無駄な組織をつくるだけではないかという疑問が専門家の一部からも指摘され、方面隊を廃止し、方面隊隷下の師団等を陸上総隊が直接指揮するプランも検討されました。 さまざまな組織編成が検討されたようですが、方面隊はそのまま残ることになり、結果的には、極めて問題のある組織編成とされました。 改正された自衛隊法には、次のように定められています。 (陸上総隊司令官) 第十条の二 陸上総隊の長は、陸上総隊司令官とする。 2 陸上総隊司令官は、防衛大臣の指揮監督を受け、陸上総隊の隊務を統括する。 3 防衛大臣は、第六章に規定する行動その他これに関連する事項に関し陸上自衛隊の部隊の一体的運用を図る必要がある場合には、方面隊の全部又は一部を陸上総隊司令官の指揮下に置くことができる。 (方面総監) 第十一条 方面隊の長は、方面総監とする。 2 方面総監は、防衛大臣の指揮監督を受け、方面隊の隊務を統括する。
冒頭で、陸上総隊を創設する意義は、指揮関係を簡素化し、海空自衛隊と同様に、防衛相が各方面総監に命令を下さずとも、一人の陸上総隊司令官に命じるだけで良いようにすることだと書きました。 しかし、このメリットは、なんと有事にしか発揮されないことにされてしまったのです。 平時では、今までと同様に、各方面総監は防衛相の指揮を受け、陸上総隊司令官の指揮は受けないのです。統合運用が必須な現代において、有事だけでも、陸上総隊が機能する意義はありますが、これは明らかに不十分です。 平時なのか有事なのか判断が難しい偽装漁民による島しょ上陸など、シームレスな対応の必要性を防衛省自身が認めている状況で、陸上総隊が各方面隊を指揮下に置くのは有事のみとしたことは、正直に言って理解に苦しみます。この点は、ぜひ再び法改正を行い、各方面隊を陸上総隊指揮下とする必要性があるでしょう。 やはりポスト確保のために、平時は指揮下にないことを理由に、各方面総監部の編成を大きく変更しないことにしたと思われます。 海自(約4.2万人)、空自(約4.3万人)に比べて、陸自(約14万人)は人員が多いことから幹部も多く、ポスト争いは海空以上に熾烈であるとは言え、必ずしも問題解決に繋がらない指揮関係とされたことは問題です。 また、2013年に閣議決定された「中期防衛力整備計画」(中期防)においては、「各方面総監部の指揮・管理機能を効率化・合理化するとともに、一部の方面総監部の機能を見直し陸上総隊を新編する」と定められていました。陸上総隊の創設に併せ、方面総監部の機能が見直されたはずですが、私が知る限り、削減された方面総監部機能について情報はありません。 削減可能な機能はいくつかありますが、例として情報分析機能を挙げておきます。 防衛省内では、情報本部が最も高度な情報分析を行っていますが、部隊レベルでも、その部隊の戦闘に資する情報の分析を行っています。陸自の場合、陸上総隊が新編されるまでは、各方面総監部が、かなりの情報分析機能を持っていました。海、空は、それぞれ自衛艦隊、航空総隊が担っているような情報分析機能を、5つの方面隊がそれぞれ行っていたということです。これらは、陸上総隊に集約することが可能なはずですが、そうした情報はありません。まさに、懸念された通り、屋上屋を重ねた状態になっているようです。 さらに、人事においても課題が存在している懸念があります。 初代、陸上総隊司令官に就任したのは、小林茂陸将(防大27期卒)です。陸幕長の山崎幸二陸将も、小林陸将と同期の27期卒ですが、5人いる方面総監のうち、山之上哲郎陸将もまた防大27期卒なのです。期が同じ場合は、昇任日が早い方の序列が上となりますが、3人とも2014年8月5日の昇任であり、陸幕長の山崎陸将が陸自トップであることは明らかですが、山之上陸将と小林陸将のどちらが序列上位かは判断できません。 しかし、山之上陸将は2016年7月から東北方面総監を務めており、同じ2016年7月から中央即応集団司令官だった小林陸将の方が序列下位であった可能性が高いと思われます。もし、有事が発生し、各方面隊を陸上総隊の指揮下に置いた場合、指揮官の序列上逆転現象が起きる可能性があるのです。 通常、新たな陸幕長が決まった際は、他の同期は勧奨退職するのが通例であるように、自衛隊のトップレベル人事では、こうした序列に気を使って人事が行われます。それによってしこりが生じては困るからです。 そうした問題が生じないよう、陸上総隊設置の検討が行われていた際には、陸上総隊司令官は各方面総監経験者から選抜するとも言われていました。しかし、航空総隊司令官の人事を見ても、必ずしも航空方面隊司令官経験者とはされていませんし、陸上総隊は新編されたばかりなので、今回の人事は変則である可能性もあります。この件については、経過を見守る必要性があるでしょう。 こうしたいくつかの課題はあるにせよ、陸上総隊の新編は、長いこと待ち望まれた防衛力の向上に寄与する改編です。陸上総隊の今後に期待したいと思います。
------------------------------- ■数多久遠(あまた・くおん) ミリタリー小説作家、軍事評論家。元航空自衛隊幹部。自衛官として勤務中は、ミサイル防衛や作戦計画の策定に携わる。その頃から小説を書き始め、退官後に執筆した『黎明の笛』セルフパブリッシングで話題になったことから、作家としてデビュー。最新刊は、北朝鮮危機における陸上自衛隊の活躍を描いた『半島へ 陸自山岳連隊』。他の著書に、『黎明の笛』、『深淵の覇者』(全て祥伝社)がある