『燕は戻ってこない』は誰かを一方的な“被害者”にしない 臨月が近づくリキが見せた成長
リキ(石橋静河)の人生を搾取しようとする悠子(内田有紀)
家族の問題なのに蚊帳の外に置かれ、一番可哀想な立場にいると思われた悠子。その彼女が今、中途半端な姿勢で基のこともリキのことも翻弄しているように、この物語は誰かを一方的に加害者・被害者にしない。だからいつも観終わった後は心にモヤっとした感情が残るのだが、本来、世の中はそんな風に白黒つけられないことばかりだ。 命の重さを知り、変わったと思った基も1年という期間限定でリキに子育てを背負わせようとする。さらっと「それなら子供はあなたを覚えない」と口にしたが、子供たちと子育てに関わって愛情が芽生え始めた頃に引き離されるかもしれないリキの気持ちを一切考慮していない、なかなかに残酷な提案だ。自分が子供を欲しがったにもかかわらず、一人で育てる覚悟のない甘さにも疑問を持たざるを得ない。基と悠子はお金でリキの子宮と卵子を搾取したことに対しては内省的だが、今度は無意識のうちに彼女の人生を丸ごと搾取しようとしている。 それに対して、リキが「産んでから考えさせてください」と答えを保留にしたのはある種の成長と言えるだろう。りりこに自分を認めてもらい、その叔父であるタカシ(いとうせいこう)や家政婦の杉本(竹内都子)に家族的な愛情を注がれて、リキはようやく自分自身を大切にできるようになってきたのだ。だから以前のように浅はかな行動を取ることなく、自分にとって何が最善かを考えられる。 タカシや杉本からもらった絵本から“ぐりとぐら”という仮の名前をつけ、お腹の子供に語りかけるリキ。“エイリアン”からの進化は愛情の芽生えを意味しているのだろうか。リキが破水し、ついに賽は投げられた。リキと草桶夫婦による代理出産プロジェクトの行く末を心して見届けたい。
苫とり子